頑張る40代!plus

2003年06月08日(日) ムラオカ

ぼくの店に、ムラオカという高校生のアルバイトがいる。
彼は若いのに老眼だという。
頭にはちらほらと白髪も混じっている。
声は異常に低く、いつも赤い顔をしている。

彼は変わった経歴の持ち主である。
洞海湾で泳いだことがあるというのだ。
それが変わった経歴か? と思うかもしれないが、地元の人が聞いたら充分に変わった経歴である。
かつて、多くの工業廃水のせいで死の海と呼ばれ、生態系が一度絶滅した所である。
今は少しはきれいになったものの、市民の持つイメージは相変わらずいいものではない。
「お前、洞海湾で泳いだんか!?」
「はい」
「よく生きとったのう」
「はい、何とか」
「水はきれいやったか?」
「何か、ぬるぬるした感じで…」
「そうやろ。それが毒なんよ。それに、あそこで死んだ人がたくさんおるらしいけ、そういう人たちがお前に憑いとるかもしれんぞ」
「えっ、そうなんですか?」
「当たり前やろ。死にたい人しか泳がんような場所なんやけ」
「・・・」

考えることも何か年寄りじみている。
「あのう、自分、ストレスがたまってるんです」
「えっ、ストレス!?」
「はい」
「『はい』って、お前まだ高校生やろが」
「そうですけど」
「どういうストレスがたまっとるんか?」
「いろいろです」
「いろいろじゃわからん」
「家庭内のことで」
「ふーん、そうか。お前、ちょっと名前書いてみ」
「え、名前ですか?」
「おう」
「何かあるんですか?」
「いいけ、書け」
ぼくは、ムラオカに名前を書かせ、それを鑑定した。
「お前、そのストレスは外から来るもんじゃなくて、すべてお前の性格から来とるぞ」
「そんなことはないですよ」
「お前、いろんなやっかいごとを全部自分で引き受けるやろうが。それがお前の心の重しになっとる」
「えっ、何でそういうことがわかるんですか!?」
「ちゃんと名前に書いてある」
「そうなんですか」
「で、お前はそういう自分の性格が嫌いなんやろ」
「はい」
「それを直そうとするけど直らん。それがストレスの原因」
「やっぱり…」
「自分はこんな性格だと割り切って、それを活かすことを考えたほうがいい」
「あ、なるほど」

さて、こういうことがあってから、ぼくはムラオカとよく話すようになった。
最近では、話すだけでは面白くないので、からかうようになった。

昨日のこと。
文房具の売場に、小さな女の子の画が描いてあるノートがあった。
ぼくはそのノートを持って、ムラオカの所に行った。
「おい、ムラオカ。お前、これを見て興奮するか?」
「え、するわけないじゃないですか」
「そうか。残念やのう」
「えっ、どうしてですか?」
「まあいい」
次に、猫の写真が載っているノートを持って行った。
「おい、これは興奮するか?」
「いえ」
「そうか」
「何やってるんですか?」
「そのうちわかる」
ぼくは、次から次に動物の写真が載っているノートを、ムラオカの所に持って行った。
しかし、反応は今ひとつだった。

ぼくが何をやっていたのか。
彼は変な奴だから、もしかしたら小さな女の子や動物に、異常に反応するのではないかと思ったのである。
しかし、その期待は裏切られた。
彼は普通の人だった。

でも、このままでは面白くないので、今日は彼の所に、売場にあった谷村新司と宮史郎と天童よしみの写真の入ったCDを持って行った。
さすがに受けていた。


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