ぼくの店に、ムラオカという高校生のアルバイトがいる。 彼は若いのに老眼だという。 頭にはちらほらと白髪も混じっている。 声は異常に低く、いつも赤い顔をしている。
彼は変わった経歴の持ち主である。 洞海湾で泳いだことがあるというのだ。 それが変わった経歴か? と思うかもしれないが、地元の人が聞いたら充分に変わった経歴である。 かつて、多くの工業廃水のせいで死の海と呼ばれ、生態系が一度絶滅した所である。 今は少しはきれいになったものの、市民の持つイメージは相変わらずいいものではない。 「お前、洞海湾で泳いだんか!?」 「はい」 「よく生きとったのう」 「はい、何とか」 「水はきれいやったか?」 「何か、ぬるぬるした感じで…」 「そうやろ。それが毒なんよ。それに、あそこで死んだ人がたくさんおるらしいけ、そういう人たちがお前に憑いとるかもしれんぞ」 「えっ、そうなんですか?」 「当たり前やろ。死にたい人しか泳がんような場所なんやけ」 「・・・」
考えることも何か年寄りじみている。 「あのう、自分、ストレスがたまってるんです」 「えっ、ストレス!?」 「はい」 「『はい』って、お前まだ高校生やろが」 「そうですけど」 「どういうストレスがたまっとるんか?」 「いろいろです」 「いろいろじゃわからん」 「家庭内のことで」 「ふーん、そうか。お前、ちょっと名前書いてみ」 「え、名前ですか?」 「おう」 「何かあるんですか?」 「いいけ、書け」 ぼくは、ムラオカに名前を書かせ、それを鑑定した。 「お前、そのストレスは外から来るもんじゃなくて、すべてお前の性格から来とるぞ」 「そんなことはないですよ」 「お前、いろんなやっかいごとを全部自分で引き受けるやろうが。それがお前の心の重しになっとる」 「えっ、何でそういうことがわかるんですか!?」 「ちゃんと名前に書いてある」 「そうなんですか」 「で、お前はそういう自分の性格が嫌いなんやろ」 「はい」 「それを直そうとするけど直らん。それがストレスの原因」 「やっぱり…」 「自分はこんな性格だと割り切って、それを活かすことを考えたほうがいい」 「あ、なるほど」
さて、こういうことがあってから、ぼくはムラオカとよく話すようになった。 最近では、話すだけでは面白くないので、からかうようになった。
昨日のこと。 文房具の売場に、小さな女の子の画が描いてあるノートがあった。 ぼくはそのノートを持って、ムラオカの所に行った。 「おい、ムラオカ。お前、これを見て興奮するか?」 「え、するわけないじゃないですか」 「そうか。残念やのう」 「えっ、どうしてですか?」 「まあいい」 次に、猫の写真が載っているノートを持って行った。 「おい、これは興奮するか?」 「いえ」 「そうか」 「何やってるんですか?」 「そのうちわかる」 ぼくは、次から次に動物の写真が載っているノートを、ムラオカの所に持って行った。 しかし、反応は今ひとつだった。
ぼくが何をやっていたのか。 彼は変な奴だから、もしかしたら小さな女の子や動物に、異常に反応するのではないかと思ったのである。 しかし、その期待は裏切られた。 彼は普通の人だった。
でも、このままでは面白くないので、今日は彼の所に、売場にあった谷村新司と宮史郎と天童よしみの写真の入ったCDを持って行った。 さすがに受けていた。
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