その女は、いつも店に来ていた。 「ははは、にいちゃん来たよ」 気がつくと、突然横に立っている。 離れない。 ぼくがお客さんをしていても、かまわずにくっついてくる。 「お前、『来るな』ち言うとったやろうが」 「だって、買い物があったんやけ」 「来てもいいけど、おれのそばに寄るな!」 「え、何で?」 「見たらわかるやろ! 仕事中やないか。他のお客さんに迷惑がかかるやろ」 「何も邪魔してないやん」 「十分に邪魔しとるわい!」 「邪魔してないもん」 そうやって、1時間も2時間もぼくの売場にいる。 さすがにぼくが接客している時は、ぼくのそばから離れるようになった。 が、接客が終わると、またそばに寄ってくる。 「お前、もう帰れ!」 「いいやん。せっかく来たんやけ」 いい加減うんざりして、部署の子に「帰ったと言うとって」と言って、ぼくはいつも休憩室に逃げていった。
とにかく、週2度は必ず来ていた。 来たら、いつも先のとおりである。 で、どんな話をするのかと言えば、先のとおりである。 ぼくが売場にいる間、延々こういう押し問答をしていたのだ。
女とは、ぼくが前の店にいた時に、他の部署でアルバイトをしていた女性のことである。 当初、ぼくはその女がいることすら知らなかった。 初めて会ったのは、誰かの送別会の時だった。 たまたまその女が、ぼくの横に座った。 『こういう子、いたかなあ?』と思いながらも、最初は話しかけることをしなかった。 ところが、しばらくして−。 ちょうどぼくが他の人と談笑している時だった。 突然その女が「男なんか信じられん」と言いだした。 「え、何?」 「ほんと、男なんか信じられんのやけ」 「何で信じられんと?」 「男はみんな同じなんやけ」 「ふーん、そうね」 そう言うと、またぼくは先ほどの人と談笑を始めた。
すると、その女は何を思ったか「にいちゃんも同じやん」と言った。 「あ? にいちゃんちおれのこと?」 「他におらんやろうもん」 「何が同じなん?」 「にいちゃんも信じられんのやけ」 よくわからない女である。 「あんた学生?」 「今度卒業」 「短大?」 「いや、四年制」 「ふーん。で、就職はせんと?」 「すぐそんなこと聞くんやけ。だけ、男なんか信じられんのよ」 「『そんなこと』ち、大事なことやないね。就職なかったと?」 「あるわけないやん!」 そう言って、一人で怒っている。
そういうことがあってから、女は休憩時間になると、ぼくの売場に来るようになった。 相変わらず「男は信じられん」と言っている。 「他に何か言うことないんね?」とぼくが言うと、「ほら、すぐそんなん言うやろ。だけ信じられんのよ」と女は言う。 ぼくがそれまでに会ったことのない、異質の女だった。
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