| 2003年03月03日(月) |
出張の思い出 その1 |
前の会社にいた頃、ぼくはよく出張に行っていた。 たまには東京や大阪という遠方に行くこともあったが、主に行ったのは近場の広島や博多だった。
その広島に初めて行ったのは、入社してからわずか7日後のことだった。 上司から呼ばれた。 「しんた君、明日から広島に行ってきてくれんかね」 「え、広島にですか?」 「ああ。そこの店でしっかり勉強してきてくれ」 「一人で行くんですか?」 「ああ」 「・・・。で、期間はどのくらいですか?」 「期間・・。そうやねえ、1ヶ月ばかりかなあ」 「1ヶ月もですか?」
困ったことになった。 就職する前にアルバイトをしていたところで、広島の店の話をさんざん聞かされていたのだ。 「社員はみな七三分けで刈り上げにせないけんらしい」とか、「一人接客をするたびに報告書を提出せないけん」とか、「お辞儀の時、45度体を曲げんと文句言われる」とか、「お客さんの家に行ったら、玄関で土下座せないけん」とか、「休みが少ない」とか、「朝が早く、夜が遅い」とか、とにかく厳しい店だということだった。 そんなところに1ヶ月もいるのは辛い。
また、ぼくの持つ広島のイメージがひどかった。 映画『仁義なく戦い』の舞台になったくらいの街だから、当然怖いところだというものだった。 つまりぼくの頭の中の広島の図は、『=やくざ』となっていたのだ。 その頃、北九州市内で発砲事件があった。 ニュースでは暴力団の抗争だと言っていた。 北九州市内でもこの状態だ。 『=やくざ』の広島では、こんなことが毎日起こっている思っていた。
「もっと短くならんのですか?」 「ならん」 「どうしても行かないけんのですか?」 「どうしてもって、何か広島に行きたくない理由でもあるんかね」 「ええ、ちょっと」 「別れた彼女でもおるんかね」 「いや、そういうことじゃないですけど」 「じゃあ、どうしてかね」 「気が進まんとです」 「えっ、何で?」 「だってやくざの街なんでしょ?」 さすがに、厳しい店と聞いているので行きたくないとは言えなかった。
「ははは、そんなことか」 「・・・」 「あんた『仁義なき戦い』見たんやろ」 「はい」 「あれは映画の世界での話」 「でも、実話だと言っていましたよ」 「そんなの昔のことやろ。今はそんなことはない」 「やっぱり行かないけんですか?」 「ああ、決まったことやけ。まあ、頑張ってきてくれ」 「・・・、はーい」 最後に上司は言った。 「広島カープの悪口だけは言うなよ」
翌朝、ぼくは新幹線に乗り、広島へと向かった。 3月初旬、まだまだ冷たい風が吹いていた。
|