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2003年02月15日(土) 浦島太郎

漂流していたゴムボートを助けたことから、すべては始まった。
ゴムボートの乗務員を家に泊め、手厚くもてなした。
翌朝、彼らはぼくの部屋にやってきて、「ぜひお礼がしたい」と言った。
ぼくは「別にそんなことしなくていいですよ」と言って断ったのだが、彼らは聞かない。
「そう言わずにいっしょに来て下さい」
彼らはそう言いながら、ぼくを無理矢理外に連れ出した。
「こちらです」
そこには、昨日漂流していたゴムボートがあった。
「どうぞ、お乗り下さい」
彼らは、ぼくをゴムボートに乗せた。

ゴムボートは沖に出た。
「いったい、どこに行くのですか?」と、ぼくは訪ねた。
「とってもいいところですよ」
乗務員は4人だった。
顔は日本人とそっくりであるが、雰囲気が日本人のそれではない。
そういえば、ぼくに話しかけるのは、いつも同じ男だ。
どうも他の男たちは日本語が話せないようだ。
ぼくが一言言うたびに、例の男が通訳している。
聞いたことのない言葉である。

さて、ゴムボートに乗って小一時間たった頃だろうか。
向こうに見えていた漁船らしきものが、ゴムボートに近づいてきた。
ゴムボートにあと30メートル位の位置に近づいた時、その船の名前を確認することが出来た。
『竜宮丸』と書いてある。
それにしても古びた漁船である。
日本ならおそらく廃船になっているだろう。

しばらくすると、漁船から人が出てきた。
ゴムボートの乗務員と何か言葉を交わしている。
もちろん、何を言っているのかはわからない。
5分ほどして、漁船から縄ばしごが下りてきた。
例の男がぼくのところに来て、「さあ、お乗り下さい」と言った。
ぼくは言われるままに、縄ばしごを登った。

何時間かがたった。
船はある港に着いた。
船を下りたぼくたちは、近くの駅から汽車に乗った。
また何時間かが過ぎた。
「ここからはこれをして下さい」
例の男がぼくにアイマスクを手渡した。
そこから車に乗せられ、どこかに向かった。
道はでこぼこで、お世辞にも快適なドライブとは言えない。
しばらくすると、車は停まった。
そこからぼくは、手を引かれて歩いた。

10分ほど歩いただろうか、例の男の声がした。
「ちょっと痛いけど我慢して下さい」
彼はぼくの腕を取った。
一瞬チクッとしたが、しばらくすると、大変リラックスした気分になった。
「アイマスクをはずして下さい」
またしても彼の声。
アイマスクをはずすと、そこには小太りの作業服を着た男が立っていた。
「ようこそ、竜宮城へ。私はこの城の首領です。部下が大変お世話になったとか」

パーティが始まった。
舞台では、肌をあらわに出した女性たちが、艶めかしく踊っている。
「いかがですか。この女性たちを私どもは『喜び組』と呼んでいます」
「ほう」
「まあ、日本人のあなたにとっては物足りないでしょうが」
「いえいえ、そんなことはありませんよ」
酒もうまいし、食べ物もうまい、おまけに姉ちゃんもきれいときている。
それにしても気分がいい。
もしかしたら、あの「チクッ」と関係あるのだろうか。
まあ、そんなこと気にしないでおこう。

飲めや歌えやの毎日である。
起きている時は、いつも首領主催のパーティである。
フカフカのベッドが用意されて、美女がマッサージしてくれる。
中でも一番効くのが、あの「チクッ」である。
あれをやると、天にも登る気分になる。
ここは楽園だ。
おそらく世界中探しても、これほどのところはないだろう。
まさに「地上の楽園」である。

しかし、ここに来て何日たつのだろう。
できたらここに留まりたいのだが、そうばかりも言っておれない。
家に帰れば、仕事が山ほどたまっている。
そこでぼくは首領に言った。
「首領様、いつも身に余るもてなしを受け、大変光栄に思っています。
ところで、もうそろそろ家のほうに帰らせて頂きたいのですが」
「何をおっしゃる。私は、あなたにずっとここにいてもらうつもりです」
「そうは言いましても、私には仕事があります」
「どうしても帰りたいのですか」
「はい」
「そうですか。では、お返しすることにしましょう。ただ一つ条件があります」
「何でしょう」
「ここで見たことは、決して口外してはなりません」
「わかりました」

首領は帰りにおみやげをくれた。
小さな箱だった。
しかし、彼は変なことを言った。
「この箱を開けてはいけません」
「…はあ」

ぼくはまた例の男たちに連れられて、来た道を戻っていった。
2日目にゴムボートに乗った場所に着いた。
「さあ、早く帰って仕事をしよう」
ところが、家がない。
街の風景も変わってしまっている。
いったいどうなっているんだ。
通行人に聞いてみた。
「ああ、あの家ね。昔あの家の人が、どこかの国に拉致されたとか言ってたなあ。その後、幽霊屋敷などと呼ばれるようになって、みんな気味悪がって近づかなくなった。で、結局取り壊されたみたい。ところで、おたく誰?」
家はない、周りは知らない人ばかり。
ぼくは落胆した。
やけになり、首領からもらった箱を開けてみた。
すると、そこには鏡が入っていた。
目を疑った。
頭は真っ白、頬はこけ、目の下に隈ができている。
そこに一人の警官がやってきた。
「市民から通報がありまして」と言いながら、彼はぼくの袖をめくった。
「やっぱり」
「え?」
「ちょっと署までご同行願いましょう」
「何なんですか?」
「何だ、この注射の跡は?」
「え?」
ぼくは警察に連行された。


『浦島太郎』、本当はこんな話だったのかもしれない。


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