2週間ほど前から、休みの日になると、決まってクレジット会社から電話がかかってくる。 別に「金を払え」と言ってくるわけではない。 交通傷害保険に入ってくれと言うのだ。
最初は女性からだった。 「こちら○○信販ですけど、しろげしんたさんのお宅ですか?」 「はい」 「しろげしんたさんでいらっしゃいますか?」 「ぼくですが」 「この間、ダイレクトメールでお知らせした交通傷害保険の件でお電話差し上げました。お時間を取らせてもらってよろしいでしょうか?」 「別にかまいませんよ」 彼女は、マニュアルどおり保険の説明を始め、最後に「契約はお電話でもかまいませんが」と言う。 その時ぼくは「考えさせて下さい」と言った。 「では、後日また電話させてもらいますので、ご検討下さいませ」と言って彼女は切った。
次もその女性からだった。 前回と同じ内容だった。 ぼくが「友人が保険の代理店をしているので、その手の保険はそちらから入るようにしているので」と言うと、彼女は「そうですか。しかしこちらのほうもいい保険ですので、ぜひご検討下さいませ」と言う。 ぼくは面倒になって、「はい、考えときます」と言って電話を切った。
次の休み、また電話が入った。 例の女性からだった。 「あのう、この間電話させてもらったのですが、ご検討していただけたでしょうか」 ぼくはすっかりそのことを忘れていた。 というより、もうかかってこないと思っていたのだ。 ずいぶん熱心である。 というより、しつこい。 「いいえ、まだ検討中です」 「ダイレクトメールにもあるとおり、月々1350円と保険料も安く、保証も2千万円まで出る大変いい保険ですから、ぜひご検討下さい。電話で契約を受け付けますから」 「あのですねえ。何回もその件で電話をもらってますが、ぼくはそのダイレクトメールとやらを見てないんです。そういうたぐいのものは見ないで捨てますから」 「そうなんですか」 「ぜひ検討してくれと言うなら、資料を送ってもらえませんか」 「資料ですか?」 「そう。電話で簡単に契約出来る保険なんか信用できんでしょ?」 「わかりました。では、こちらのほうから資料を送らせていただきますから、よろしくお願いします」 そう言って、彼女は電話を切った。
さて、それから3日後、11日のことだった。 午後9時頃に電話が入った。 「もしかしたら」という予感がして、ぼくは電話を取らなかった。 家の者が出た。 「しろげしんたさんのお宅でしょうか?」 「はい、そうですけど」 「しろげしんたさんいらっしゃいますか?」 (しんた、電話よ) (誰?) (何とか信販と言いよるけど) (またかぁ) 「はい、替わりました」 「あ、しろげしんたさんでいらっしゃいますか?」 自信ありげな男性の声である。 ぼくは、こういう自信ありげな声を聞くとからかってみたくなる。 「『しろげしんたさんでいらっしゃいますか』って変ですねえ。あんたが『しろげしんた』と言ったから、ぼくが出たんでしょ? わざわざ確認する必要ないじゃないですか。ぼくが信じられないんですか」 「い、いえ、すみません。あ、あのう、前回DMをお送りした保険の件ですが、ご検討いただけましたでしょうか?」 「検討も何も、まだ、資料が送ってきてないですよ」 「え?」 「前に電話で『資料送ってくれ」と言ったでしょうが。連絡行ってないんですか?」 男は焦った。 「あ…。し、しばらくお待ち下さい」 しばらく待った。 「お待たせいたしました。すぐ資料のほうを送らせていただきますので」 「えーっ!? まだ送ってなかったんですか? せっかく待ってたのに」 「す、すみません」 男はしどろもどろになっていた。 あまりからかうのもかわいそうなので、「じゃあ、早く送って下さい」と言って、ぼくは電話を切った。
さて、明日は休みである。 きっとまた電話がかかってくるだろう。 今度は何と言おうか。 「しろげしんたさんですか?」 「そうとも言います」 とでも言っておこうか。 だんだん、楽しくなってきた。
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