さて、シャンプーは断とうとは思ったものの、そこから何で頭を洗うかが問題になった。 たまたま読んだ『安心』だったか『爽快』だったかに、「天然塩で頭を洗うといい」というようなことが書いてあった。 天然塩に含まれているミネラルが、髪や地肌にいいということだった。 なるほどワカメや昆布といった海の植物は、そのミネラルの中で育っている。 俗にワカメや昆布を食べると髪にいいと言われるが、ミネラルをたっぷり含んでいるからいいのだろう、とぼくなりに解釈した。 実際にこの方法で頭を洗った人の報告も載っており、そこには「今まで白かったところに黒い髪が生えてきた」と書いてあった。 「よし、これだ!」と思ったぼくは、さっそくスーパーに行って『赤穂の天塩』を買ってきた。
塩を頭肌に擦り込むようにしてマッサージしていく。 その後、何分か放置してから洗い流す。 シャンプーのような爽快感はないが、何か髪が健康になっていくような感じがする。 翌日、髪を触ってみると、つるつるしている。 生まれてからそれまで、初めて味わった感触である。 「これはいい」と思ったぼくは、髪に悩みを持つ人に薦めて回った。 しかし、みな半信半疑である。 「あんたの白髪が治ったらやってみる」という声がほとんどだった。 「じゃあ、治してやる」とぼくは断言した。 ところが、この塩による洗髪は長続きしなかった。 ちょっとずつ塩をつまんで地肌に擦り込むため、頭全体をマッサージするのにはかなりの時間を要する。 また完全に洗い流さないと、塩が頭に残ってしまう。 生まれつき面倒くさがり屋のぼくには、これが苦痛になってきた。
そのうち、塩を少量のお湯で溶き、それを頭にかけて洗うようになった。 しかし、この方法では洗った気がしない。 塩はもうやめようと思ったが、今さらシャンプーには戻れない。 そういう時に、知り合いの整体の先生からいい話を聞いた。 この方は、ぼくより4つ年上なのだが、頭は黒々している。 ぼくが「先生、頭真っ黒ですねえ。何か秘訣があるんですか?」と聞くと、先生は「別に秘訣とかないけど。ああ、そういえば若い頃に知り合いの医者から『頭は石鹸で洗ったほうがいい』と教えられてね。それからずっと石鹸で頭を洗いよるだけやけどね」と言った。 「石鹸? 石鹸で頭を洗うと、髪がギシギシするでしょうが」 「最初はね。でも慣れてくると、それほどでもないよ。昔はシャンプーとかなかったけ、みんな石鹸で洗いよったやろ」 「そう言われれば、そうですね」
なるほど石鹸か。 そこでぼくは、石鹸に関する資料を求め本屋に走った。 しかし、石鹸の本などどこにもない。 「困ったなあ」と思っている時だった。 全くジャンルの違うところで、『自然流「せっけん」読本』というタイトルの本を見つけた。 それは、ぼくの家の近くに本社を構える『シャボン玉石けん』の社長が書いた本だった。 それを読むと、無添加石鹸の良さが綿々と綴られており、石鹸なんかみんな同じだという、ぼくの常識は完全に覆された。 そこには、シャンプーと髪の因果関係から正しい頭の洗い方まで、髪についても詳しく書かれていた。
「こうなったらシャボン玉石けんしかない」と思ったぼくは、シャボン玉石けんを買い、さっそく髪を洗った。 やはりギシギシする。 それが1週間ほど続いた後、ようやく石鹸に髪が慣れたのだろう、あまりギシギシしなくなった。 先の読本に「ドライヤーを使うな」と書いてあったので、それも実践した。 乾いた髪を触ってみると、塩でやった時と同じようなつるつる感だった。 ようやくぼくは落ち着くところに落ち着いたのである。
石鹸で頭を洗い始めてから、かなりの年月が過ぎた。 頭は真っ白になったものの、髪の状態は良好だ。 シャンプー時代の悩みの種だった枝毛もなくなり、真っ白な髪は輝いてさえいる。 つやのある髪などシャンプー時代には考えられなかった。 これも石鹸のおかげである。
今日は頭を洗ってから日記を書き始めた。 今、午前1時40分だから、かれこれ2時間が経つ。 ところが、まだ頭は乾いていない。 ドライヤーを使えばすぐにでも乾く湿り具合なのだが、髪を健康に保つため妥協は許されない。 日記を書き終えて、そろそろ寝たいのだが、完全に乾かないまま寝ると、また風邪を引いてしまう。 これが、この洗髪法の難点といえば難点だろう。 ああ、早く寝たい。
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