販売業の道に入ってからは、身だしなみというものをきつく言われるようになった。 他人から指摘されるのが嫌なので、自ら進んで身だしなみを整えるようにした。 その身だしなみの中でも特に気にかけたのが、「臭い」である。 中学の頃の記憶がよみがえる。 女子に言われるぐらいだから、かなり頭が臭かったのだろう。 そう思うと、2日に一度の洗髪では足りないと思うようになった。 そこから毎日の洗髪生活が始まった。 しかし、そのことが後に大きな問題に発展する。
毎日頭を洗うということは、実に爽快だった。 頭を洗った後につける、柑橘系のヘアトニックの香りが、風呂上がりの気分を快いものにした。 ある時、頭を5針縫う大怪我をしたことがある。 その時医者から「1週間ばかり頭を洗わないようにして下さい」と言われた。 秋とはいえ、残暑厳しい折、既に毎日頭を洗う習慣になっているぼくにとって、これは苦痛だった。 怪我をしたその日から頭が痒い。 まあ、その日は痛みも伴っていたから、何とか我慢が出来た。 しかし、翌日から地獄が待っていた。 かゆい、カユイ、痒いっ!! 触ってはいけないのはわかっていたが、つい手が頭に行く。 3日目、気が狂いそうになった。 4日目、軽くではあるが、頭を掻いた。 5日目、とうとう頭を洗う決意をする。 患部から離れた箇所に、少しずつシャンプーを振りかけ、濡れたタオルで、そこを拭いていく。 少しはかゆみは治まったものの、力一杯頭を掻けないことにいらだちを感じた。 6日目、またしても前日と同じことをした。 今度は患部により近いところを攻めた。 おかげで患部に貼ってあるガーゼが少し濡れてしまった。 7日目、ついに抜糸。 医者から「お待たせしました。今日から思いっきり頭を洗って下さい」と言われた。 その後で彼は「痒かったんでしょ?」と言い、ニヤッと笑った。 おそらく、ぼくが頭を洗ったことに気づいていたのだろう。 その日、ぼくは家に帰るなり風呂に直行し、医者の言葉通り、思いっきり頭を洗った。 中学の時、1ヶ月近く頭を洗わずに床屋に行って以来の快感だった。
それから何年かが経った。 世間では『朝シャン』という言葉が流行っていた。 その言葉につられて、ぼくは調子に乗って頭を洗い続けた。 夏場には夜に洗って、朝また洗うこともあった。 そうやって数年過ぎたある日のこと、前髪の一部に白い固まりがあるのに気がついた。 「何じゃ、これは!?」である。 20歳頃から白髪はあったのだが、それほど目立つものではなかった。 それがついに目立つ場所に進出してきたのだ。 白い固まりは、時間を追うごとに広がっていった。 それに併せたように、枝毛も増えていった。 髪も以前に比べ細くなっているように感じる。
「これは何とかしないと」と思い、髪に関する本を読むようになった。 ある時、「シャンプーは健康を害する」という内容の本に出会った。 そこには、「シャンプーで頭を洗った後、よく洗い落とさないでいると、毛穴からシャンプーが浸透し、ついには肝臓を害してしまう」と言うようなことが書かれていた。 また、「ハゲや白髪といった髪のトラブルも、シャンプーが原因になっていることが多い」とも書いてあった。 そういえば、ぼくは髪を洗った後、あまりすすぐことをしなかった。 「ということは、この白髪はシャンプーのせいだったのか。これはいかん!」 そう思ったぼくは、ついにシャンプー断ちを決意した。
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