毎年11月から翌年の5月まで、頭を洗うのは2日に一度と決めている。 もちろん夏場は汗をかくので、毎日洗っている。 こういう習慣になるまでには、紆余曲折があった。 ぼくは中学時代、頭を洗うのが面倒で、ひどい時には1ヶ月近く洗わなかったこともある。 クラスの女子からは、「しんた君、いいかげんに頭洗い」と言われたこともある。 冬場、ストーブにかじりついていると、自分の臭いを感じたものである。 とはいえ、頭を洗うことは嫌いではなかった。 その証拠に、月一度の床屋が妙に嬉しかった。 他人に頭を洗ってもらうのは、実に気持ちいいものである。 もしかしたら、その快感をより深めるために、頭を洗わなかったのかもしれない。
しかし、高校に入ってからは、面倒だとは言っておれなくなった。 ぼくにも少しばかりのしゃれっ気が出てきたのだ。 女子が多い高校だったので、とにかく臭いを気にするようになった。 毎日体を洗うようになったし、頭も3日に一度は洗うことにした。 そして2年の時、毎日頭を洗いたくなるものに出会うことになる。 サンスターのトニックシャンプーである。 あのスースー感は衝撃だった。 「これを使うと、毎日快感を得られるわい」と思ったものだ。
そのサンスターにはトニックリンスというものもあった。 その注意書きに、『洗い流す必要はありません』と書かれていたのを鵜呑みにして、朝、頭にたっぷりリンスを振りかけて登校したことがある。 ところが、いつまでたっても頭は乾かない。 触るとリンスの原液がそのまま残り、ヌルヌルしている。 何よりも困ったのは、その臭いの強さだった。 バスに乗っていた後輩が、「先輩、今日は臭いがきついっすね」と言ってきた。 その言葉が気になって、1時間目の授業をさぼり、柔道部室の横にあるシャワー室で洗い流した。 その日は、一日頭が濡れていたような気がする。
その3日に一度の洗髪は、そのうち2日に一度に変わっていった。 バイト時間のおかげで銭湯にあまり行けなかった東京時代も、2日に一度の洗髪だけはやっていた。 夜中に下宿に戻ると、炊事場でゴシゴシとやっていた。 おそらくその音が隣の部屋に漏れていたのだろう、下宿のおばさんが「しんたさん、夜中に水を流すのはやめて下さい」と言ってきた。 「バイトで遅くなるので銭湯に行けんとです。このくらい目をつぶって下さい!」とぼくは言い、炊事場洗髪をやめなかった。 このおばさんは、それ以前にも「ギターの音はもう少し小さくならないの」とか、「東京ガスの人が『東京で一番汚い部屋を見せてもらいました』と言ってたよ。たまには掃除してね」とか言ってきたことがある。 炊事場洗髪の件で、おばさんとの折り合いはさらに悪化した。 ぼくがギターを持って、友人のアパートや下宿を泊まり歩くようになるのは、それからしばらくしてからのことである。 その友人たちは、大家から干渉されることはまったくないと言っていた。 おかげでぼくは、夜中に思いっきり頭を洗うことが出来たのだった。
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