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脚本家・今井雅子の日記
by いまいまさこ
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■ パンがバターに化けるまで(中学生のドラマ脚本会議その1)
さらに盛り上がったのが「転」の「行動を起こす」場面。原作では、消防車のサイレンが聞こえて男が外に飛び出すのだが、これは「隙を作る」ための事件にしかなっていない。「まりこが正木に親切にしたいという動機づけになるよう、ここを強化できないか」と投げかけてみた。
ますます正木に惚れさせる出来事、あるいは、ますます正木の貧乏を実感させる出来事。
「一円玉や五円玉といった小銭をたくさん落とす」という意見が出て「しかも破れたポケットから落ちる」という合わせワザが生まれた。さらにベタな展開にするなら、正木が他の客に親切にしようとしたら(たとえば、ベビーカーを運ぶのを手伝うとか)小銭ジャラジャラという三枚合わせもできる。
ここで、「その前に、まりこが正木にハムやチーズをはさんだ古パンをサービス品で売ろうとするが、正木が、ぼくはまだいい、と断る場面をつけたい」という意見が差し込まれた。正木はもちろん「設計図の下書きの線を消すために古パンを買っているので、ハムやチーズ入りはいらない」のだけど、まりこは正木を「慎み深い人」だと勘違いし、ますます好もしく思う。だからこそ、目立たないバターをはさむ。
この前に「恋をしたまりこが、正木にパンをサービスする」というアイデアが別の人から出されていた。通常2個100円のところを「3個100円」にするというもの。ハムとチーズ入りは、おまけサービスを発展させた形となる。
このように「他の人の出したアイデアを拾ってふくらませる」ことが脚本会議を弾ませる大切な要素なのだけど、大人組が自然とそれをやってのけたことに感激した。
そして、いよいよ悲劇のラスト。
「正木の正体を告げる友人は、いらない」と登場人物を整理するとともに「正木も怒鳴り込まない」という意見が出た。その理由は「わたしの正木は向井理のイメージなので、怒鳴り込んだりはしない」というもの。頭の中にキャラクター像をきっちり描けているからこそのキッパリした主張。
では、どうやってまりこは失恋するのか?
ここで、なんと、再び「ひろこ」が活躍することに。
古パンにこっそりバターを塗って以来、正木が店に来なくなり、気になるまりこ。そこに、何も事情を知らないひろこが電話をかけてきて、「あんたが気になってたカレ、画家じゃなくて建築家だったらしいよ。でも、大事な設計図の下書き消すの失敗して、仕事落としたんだって。あんな男とくっついてたら、苦労してたよ」と言う。それを聞いて、まりこは、正木がなぜ古パンしか買わなかったと同時に、自分のお節介が正木を不幸にしたことを知り、後悔の涙を流すのだった。
という大人組ならではの痛い流れが出来上がった。
最後に「この脚本にタイトルをつけるとしたら?」と問うと、「ほろ苦いバター」という答え。たしかに、原作以上にバターの苦さが際立っている。甘い恋を実らせる小道具になるかと思いきや、苦い結末に。まるでビターシュガー。語呂良く「ほろ苦バター」はどうでしょうと提案した。

ラストまで行き着く前にチャイムが鳴り、20分ほど延長。でも生徒向けの脚本会議では授業時間の50分しか使えないので、「どうすれば50分を有効に使えるか」が明日への課題になった。
この後、休憩を挟んで、脚本の書き方教室。「てっぱん」第15週「幻のランナー」の脚本と放送されたドラマ映像を見比べ、脚本の書式を説明した。それから、質疑応答を経て、三原台中学校の国語科の先生方と明日の授業をどうするかの意見交換。最後にはリーダー研修で参加された他校の先生方からも意見をうかがった。
「名前と年を好きに決めていい、というのは、生徒には敷居が低くて答えやすい。正解があるのではなく、なんでもあり、というのは、日頃の授業にはあまりないので」
「細かくシーンを分けていくと時間がかかるので、シーンを絞って、ひとつのシーンに時間をかけてはどうか」
「一人一人当てていくと考え込んでしまうので、近くの人同士で自由に相談できるようにしてはどうか?」
といった現場の先生ならではの意見やアイデアが出された。
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01月30日(月)
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