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脚本家・今井雅子の日記
by いまいまさこ
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■ パンがバターに化けるまで(中学生のドラマ脚本会議その1)
仕上がりのドラマや映画を「家」とすると、脚本は「設計図」に喩えられる。オリジナル脚本の場合は「新築の家の設計図」であり、原作ものの脚本の場合は「改築の設計図」と言える。改築と同じく、原作の面白いところは残し、もっと面白くできるところは変えていく。そのときに大事なのは「柱」まで取っ払ってしまわないこと……といった前置きをしてから、会議を始めた。
さて、原作「魔女のパン」。原作を見ながらではなく、わたしの頭の中に残ったあらすじを書き起こしてみると。
パン屋のマーサは独身の四十女。2千ドルの預金と自分の店を持っている。
恋人はいないが、気になる客がいる。同い年ぐらいの紳士だ。
しかし、彼が決まって買っていくのは、マーサの自慢の焼きたてパンではなく、古くなって半額になったパンである。
彼の指先に絵の具がついているのに気づいたマーサは、彼が売れない絵描きで、貧乏だから、古いパンしか買えないのだと思う。
そのことを確かめるために、マーサが店に絵を飾ってみると、彼は絵をほめた上で「遠近法がなっていない」と指摘した。
彼は才能があるが芽が出ていないのだとマーサは思い、そんな彼を支えたい気持ちを募らせ、胸をときめかせる。
ある日、彼が店に来たとき、外で消防車のサイレンが鳴った。彼が外へ様子を見に行ったすきに、マーサは彼が買い求める古パンの間にバターを塗る。
絵描きのプライドを傷つけずに栄養のついたものを食べさせたいという想いからだった。
マーサの小さな親切に気づいた彼の反応が楽しみだった。
だが、マーサの夢想は、店に怒鳴り込んで来た彼の声で破られる。
一緒に来た彼の友人によると、彼は絵描きではなく、建築家の卵だった。
コンペに提出する設計図の下絵を消すために古パンを使っていたのだが、いよいよ完成というときに、バターのせいで台無しになってしまった。
マーサの短い恋は、終わった。
この原作をもとに、脚本開発の現場と同じく、まずは「キャラクター」を決めることに。
ヒロインのミス・マーサを大阪の女にしましょう。年齢も40歳に縛られずに、好きに考えましょう、と提案。皆さんの意見から、
島田まりこ 28歳
という名前と年齢になった。原作では、ヒロインは「2000ドルの預金と自分の店」を持っていることになっている。新しいパンが一個5セントなのを日本円で百円として、「預金は約400万円」に。28歳の若さにしては、裕福すぎるのでは?と問いかけると「バツイチで、慰謝料で店を持った」というアイデアが出た。
このあたり、大人組はリアル。
まりことのバランスで、今度は相手の男のキャラクターを決める。
正木たつや
という名前で、年下がいいということになり、25歳ぐらいだった覚えがあるが、「大学院生」という設定になった。原作では相手の男はドイツ語訛りなのだが、脚本では加藤先生の出身の「出雲」の言葉を話すことに。
続いて、柱を決めていく。
この物語、お手本のように美しく「起」「承」「転」「結」の流れになっている。
起 恋をする
承 盛り上がる
転 行動を起こす
結 ふられる
この流れに沿って、わたしが質問を投げかけ、順番に当てていきながら、答えをつなげていった。
面白かったのは、新キャラ「ひろこ」の登場。
片想いで盛り上がるヒロインの妄想シーンをどう表現するかというところで、「独り言よりも相手がいたほうがいいのでは?」とわたしが提案。すると「同い年で早くに結婚して子どもが育ち盛りの女友達」に電話で相談してはどうかというアイデアが出た。
「今日、ヘンな客が来たのよ。古いパンはありますかって聞いて買って行ったの。手は絵の具で汚れてるし」と警戒するまりこに「画家じゃないの?売れないから貧乏で、安い古パンしか買えないんじゃない?」と指摘するひろこ。ひろこはダンナの稼ぎが少なくてお金で苦労しているので、「そういう男とくっつくと苦労するよ」と釘を差すが、蓄えのあるまりこは「わたしだったら彼を支えられる」とますますのめりこむ、という流れ。
ひろこ登場で、がぜんドラマティックになった。
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01月30日(月)
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