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脚本家・今井雅子の日記
by いまいまさこ
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■ 花巻く宮澤賢治の故郷 その2
ほどよい甘さのおふかし(赤飯)、生姜が効いた豆腐のおすまし、舞茸と里芋のクルミあんかけ、牛蒡のクルミあえ、野菜の天麩羅、酢の物、お漬物。どれも上品な味つけ。微妙で絶妙なさじ加減は、レシピがあれば再現できるという甘いものではなく、守り伝え、続けていく苦労は並大抵ではないだろう。こんな貴重な献立を、義父にくっついてきたわたしにもふるまっていただけるのはありがたい。

年に一度、この日だけ活躍する器の中には、空襲で焼けずに残ったものもあり、「こちらの器は箱に『喜』と書いてあったので、喜助さん(賢治さんの祖父)のものだと思います」という話も聞けた。
今宵は賢治祭。会場の銀ドロ公園に到着すると、『雨ニモ負ケズ』の詩碑前広場は、子どもからお年寄りまで何百人もの熱気に包まれていた。ここで問題発生。昨日、「賢治祭でスピーチを」と軽くお願いされ、軽く引き受けた。「他にもいろんな人がお話ししますから」ということだったが、プログラムを見ると、そのいろんな人というのは花巻市長や宮澤賢治記念会理事長だったりで、わたしの出番となっている「参加者の中から」のコーナーで話すのは、わたしともう一人だけ。しかもタイトルは「宮澤賢治と私」となっている。

「雅子ちゃん、まずくない?」と恵子が心配してくれる。「そうだよね。語れる立場じゃないよね」と義父に相談すると、「初めて来た感想を率直に話せばいいよ」と言う。幸い、もう一人の方、旭川から来た女性が先にスピーチされ、「今年で12回目です」と熱い思いを披露されたので、「わたしは『初めて路線』で行こう」と腹をくくった。

脚本を書いていることを明かし、賢治さんの作品は教科書程度しか知らないが、脚本や映画の関係者にファンが多いので気になっていたというところから話しはじめた。インスピレーションが沸くことを書き手たちは「降ってきた、降りてきた」と言うが、昨日から賢治さんの足跡をたどっていると、次々と降ってきて、つかまえるのに忙しい。この手につかまえたものは、花巻にちなんで、花の種のようなものではないだろうか。賢治さんが亡くなって70年経つと聞くが、彼の蒔いた種は今でも不思議で面白くて、育ててみたくなる。だから彼の世界に影響を受けた作品が、今でも生まれているのだろう。わたしもせっかく種を見つけたことだし、新しい花を咲かせたい、と話した。

最後に、「今夜ここで披露される歌や舞いやお芝居や朗読も賢治さんの種から生まれた花だと思うし、その花は、この空のどこかにいる賢治さんにも見えているはず」と賢治祭の成功を祈った。

「花の種」のたとえは突然思いついたものだが、スピーチの後の演目が『種山ヶ原』のハンドベル演奏だったのを見て、種でよかったのだと思った。ほほえましい子どもたちの劇、なごやかなママさんコーラス、勇ましい鹿踊り、それぞれに見応えがあった。

進行役の女性も印象に残った。自分の言葉で美しい日本語を話されていて、あたたかく、やわらかく、賢治祭にふさわしい名司会だった。とくに「『ポランの広場』とはどこのことか」を推理するくだり。ポランの語源には諸説あるが、ポランから変化したポラーノという言葉はロシア語で「火」を意味するらしく、「かがり火を焚いているこの広場がポランの広場かもしれませんね」と言われたときは、本当にそんな気がした。この方に限らず花巻の人は言葉遣いがきれいで、「XXがありますでしょう」という丁寧な言い回しが自然に出てくる。

宮澤賢治作品は東京でいくらでも手に入るけれど、その土地に足を運ばないと見えないもの、感じないものがあるように思う。花巻には至るところに賢治さんの蒔いた種が降っている。不思議で、面白くて、興味深い、はてな(WONDER)の種。はてながいっぱいでWONDERFUL。その種は、「なんだろう」と手に取ってみて初めて、花の種になるのかもしれない。

はてはてはてなの種 
てに取ってみれば 
なにが育つやら花の種

09月21日(日)
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