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脚本家・今井雅子の日記
by いまいまさこ
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■ 花巻く宮澤賢治の故郷 その1
花巻へは前々から行きたいと思っていた。義父が宮澤賢治研究会に長年関わっている縁で、話を聞かせてもらう機会に恵まれていたし、映画関係者に「賢治の世界に影響を受けた」と言う人が多いのも気になっていた。

折り良く今年の賢治祭(賢治の命日である9月21日に毎年開催)が『風の絨毯』盛岡公開(盛岡フォーラムにて20日から)と重なることがわかった。北へ南へ上映各地に足を運んでいるプロデューサーの魔女田さんに「今井さんも一緒にどう?」と誘われ、「行く!」と即答。劇場に挨拶がてら花巻まで足をのばす計画だった。が、直前に魔女田さんが行けなくなり、計画変更。わたし一人が盛岡入りしても意味がないので、花巻だけをめざすことに。賢治祭と賢治学会に参加する義父にくっついて、いきなり誘ったダンナの妹・恵子とともに珍道中のはじまりはじまり。

新花巻駅の改札を出ると、宮澤和樹さんが出迎えてくれる。賢治の弟・清六さんのお孫さん。お会いするのは2年半ぶり。和樹さんの運転で『賢治先生を偲ぶ会』会場の花巻農業高校へ。歴代校長の肖像画が壁をぐるっと囲んだ校長室でお弁当をいただき、茶道部の生徒さんによるお茶会へ。賢治が住んでいた家を移築した『賢治先生の家』の和室の壁には、辞世の句「病のゆゑにもくちん いのちなり みのりに棄てば うれしからまし」の掛け軸。茶碗にも賢治の句。お茶うけは、童話『貝の火』に登場するうさぎのホモイ君をかたどったお饅頭。賢治づくし、心づくしのお茶をいただく。

庭では賢治の童話『鹿(しし)踊りのはじまり』で知られる鹿踊りの披露も。部活動として取り組み、守り伝えられているとのこと。

続いて宮澤賢治記念館へ。宮澤賢治作品の知識は教科書止まりの身には、驚くことばかり。絵も描き、作曲もし、花壇の設計まで手がけていたとは。涙ぐんだ瞳を表現した『TEARFUL EYES』という名の花壇は、目を見張る発想。北海道に実在するらしい。あの『銀河鉄道の夜』が、5稿まで手を入れながら未完だったということにも、びっくり。あらゆる分野にアンテナを張り、精力的に制作し、しかし37才で閉ざされた才能。だからこそ後の人々は、彼の投げかけた謎や残した空白に答えるように、想像力や創作意欲をかきたてられるのかもしれない。

記念館からイーハトーブ館へ続く坂道は、賢治が設計した傾斜花壇をめぐる形。至るところにも花が咲き誇る花巻は、花巻く町なのだった。坂を降りたところにある句碑の文字は、和樹さんの奥様、やよいさんの手によるもの。ロンドンで書道の先生をされていたやよいさんの人柄は、その美しく優しい筆跡によく表れている。
記念館のカウンター式カフェにも惹かれたが、和樹さんのお店『林風舎(りんぷうしゃ)』2階のカフェは、動きたくないほど心地いい場所。石の壁と高い天井、暖炉、アンティークの家具、ピアノ。「イギリスのマナーハウスを思い出します」と言うと、「それがモデルです」と和樹さん。

おすすめのセバスチャンティー(ストロベリー味ミルクティー)とアリーシャティー(バニラ味ミルクティー)は癖になる甘さ。セバスチャンとアリーシャは賢治作品の登場人物ではなく、やよいさんがイギリスでお世話になった家のお子さんの名前なのだとか。アーモンドプラリネとクリームとスポンジを重ねた手作りケーキのアマンド・ショコラも絶品。ただし、季節ごとにケーキを入れ替えているので、いつ行ってもあるわけではないそう。そのときには別なおいしさとの出会いが待っているでしょう。

1階はショップになっており、オリジナルの賢治グッズも。壁には、『風の絨毯』のポスター。その下には『風のセミナー』のポスター。お店の名前も風がつくが、「林風」は当て字で、『北守将軍と三人兄弟の医者』に登場する3兄弟の真ん中、「リンプー先生」が由来だそう。

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09月20日(土)
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