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与太郎文庫
by 与太郎
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■ 君が代訴訟(2)
自分の出生を隠さず、自分の親は朝鮮人であるということ
を表現して生きてほしいと願いました。自分が朝鮮人とし
て生きる、それだったら、国籍が日本だったら一体何があ
るのかと思った時に、名前しかなかったということです」
原告ら代理人「そうすると、長男が生れた直後あたりからということで
すか」
朴実 「はい、そうです」
原告ら代理人「そしたら、お子さんと、それを議論するということはな
かったですね」
朴実 「はい」
原告ら代理人「奥さんと議論されたでしょう」
朴実 「はい」
原告ら代理人「奥さんの御意見は」
朴実 「妻は私が帰化をしたことが自分の親とか兄弟に直接原因
があったということで、私に対して非常にすまない気持ち
を持っていましたから、私がむしろ本名を名乗る、民族名
を使うということには、積極的に賛成してくれました」
原告ら代理人「日常生活では、奥さんはどう名乗られたんですか」
朴実 「私が元の朴という名前を名乗った時、妻は旧姓の日本の
名前、作花清子という旧姓を使い出しました」
原告ら代理人「一時、夫婦別姓であったと、そういうことですか」
朴実 「そうです」
原告ら代理人「しかし、表札とかは朴と書いてあったわけですか」
朴実 「公文書類は新井という日本名で来るので、朴(新井)と
書きまして、横に妻の旧姓も書きました」
原告ら代理人「三つの名前が並んでたということですか」
朴実 「はい」
朴実 「まず、PTAとか保護者とかの人たちと、もう一つは地
域でそういう障害者問題とか、在日朝鮮人問題とかに取り
組んでる地域の住民の人たちです」
原告ら代理人「あなた一人でも、会われたことはあるんでしょうか」
朴実 「この八六年の時は、私一人では会っていないです」
原告ら代理人「まず、中学のほうの小林校長先生と実際に会われました
か」
朴実 「中学に行った時、たまたま不在でして、教頭先生が代わ
りに出てこられました」
原告ら代理人「お名前は何というんでしょうか」
朴実 「高谷という名字しかわかりません」
原告ら代理人「最初に会われたのは、いつごろですか」
朴実 「三月一二〜一三日ごろだったと、もう卒業式の直前だっ
たと思います」
原告ら代理人「その卒業式は、その年は何月何日だったか、覚えてらっ
しゃいますか」
朴実 「三月一五日が中学の卒業式だったと思います」
原告ら代理人「その高谷教頭先生と会われて、どういうやりとりがあっ
たんでしょうか。あなたたちのほうからは」
朴実 「私たちは『君が代』に対して反対してる人たちも多いし、
子供たちも多い。それからまあ、歴史的にみても、在日朝
鮮人の立場から見ても、反対する人が多いし、私たちも反
対してるので、やめてほしいと言いました」
原告ら代理人「それに対して、教頭先生はどうおっしゃいましたか」
朴実 「校長が不在なので、自分の権限じゃないので、はっきり
したことは言えないけれども、まあ、教頭先生の個人意見
として、『君が代』の『君』は天皇じゃなしに、私、あな
たの『君』とも解釈できると、そんなふうに言われました」
原告ら代理人「あくまでも、(『君が代』を)するんだというお立場で
しょうか」
朴実 「校長先生がいないので、教頭先生では最終的にわかりま
せんということでした」
原告ら代理人「最初はそうでしたが、また会ったんですか」
朴実 「いえ、それで次の日でしたか、校長先生から私のうちに
電話があった時に、確かめると、『君が代』をやるという
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04月26日(金)
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