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与太郎文庫
by 与太郎
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■ ♪ 五木の子守唄
もともと五木村に伝わった里謡でないのだから、在日一世が大陸から
もち運んだ古謡か、あるいは被差別部落だけにもちこまれた当時最新の
ポップスではないか。
この曲の起源を、中国大陸・朝鮮半島、あるいは沖縄離島にもとめる
ことはできない。東南アジアの旋律は、西欧音楽の階名唱法の主音“ド”
で終わることがないからである。
おなじ熊本民謡《おてもやん》は“ソ”で始まり、最後には非音階の
“囃言葉”で終わる。《中国地方の子守唄》も“ソ”で始まり“レ”で
終わる。全国的に普及した《ねんころり》にいたっては“ラ”で始まり、
あやうく“ド”で終わるかとみえて、結局は“レ”に落着く。
西欧音階が“ドミソ”いずれかで始まって、かならず“ド”で終わる
ように、充足感をもって完結するのに対して、なぜか東洋音階では余韻
をもたせるように“レ”で終わる。いわば完結しないのである。
朝鮮伝来の雅楽譜として書かれた《君が代》も“レ”で始まって“レ”
で終わる。これを西洋人に聴かせるため、西欧風に演奏するには、冒頭
の「レドレミソミレ」と結尾「ドレラソラソミレ」の部分に和声進行の
法則が適用できないので、特殊なマジックを要する。
そこで編曲者は、ハーモニーを放棄して(無理にハモらず)あたかも
ファンファーレのごとく斉奏(ユニゾン)として、中間部分だけ荘重な
ハーモニーを響かせることにした。ちょうど、頭と尻尾をモノクロで、
真中をカラーで色づけするような趣向で、いかにも風変りではあるが、
それなりに格調たかい曲想となった。しかし、なんといっても百二十年
も前のテンポ指定(♪=69)は“NHKの子守唄”には適していても、
現代人にとっては緩慢すぎる。
かくして“ソ”で始まって“ド”で終わる《五木の子守唄》が東洋の
メロディでないことは、ほぼ確実である。戦後とつぜん脚光を浴びたの
も、それほど古い時代のものでない証拠であろう。“かんじん”の少女
たちは、いつどこで聴きおぼえたのだろうか。かりにロシア民謡なら、
そのまま朝鮮半島に伝わっていた可能性もある。ロシア正教の讃美歌の
替え歌だったら、キリシタン禁制の対象にもなるまい。(20000609-1017)
かずかずの前衛音楽を初演した経験をもつニューヨーク・フィルでも、
《ノヴェンバー・ステップス》のリハーサルでは、尺八特有のメロディ
をはじめて聴いたメンバーの間から失笑がもれたという(典拠不詳)。
雅楽器では吹奏楽を演奏できないが、現代の吹奏楽なら雅楽そのまま
に演奏できる。しかし、オリンピックで日の丸を揚げるたびに、外国人
の反応を気にしなければならない。(この項未完)
◆ 五木村 〜 売られた子守唄の里 〜
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(20180617)
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11月27日(土)
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