ID:87518
与太郎文庫
by 与太郎
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■ いそいそ 〜 something wrong 〜

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 いそいそ 〜 something wrong 〜
https://tx696ditjpdl.blog.fc2.com/blog-entry-2424.html(初稿)
 
…… 超常現象に対しても興味を持ち「それを信じたい人には信じるに
足る材料を与えてくれるけれど、疑う人にまで信じるに足る証拠はない。
超常現象の解明というのは本質的にそういう限界を持っている」と発言。
コリン・ウィルソンによってこれを「ウィリアム・ジェームズの法則」
と名づけられた。── (Wikipedia)
 

 Balzac, Honore'de 17990520 France  18500818 51 /《人間喜劇》
 James, William  18420111 America  19100826 68 /“something wrong”
 Weber, Max    18640421 Duitch  19200614 56 /《職業としての政治 19190128 講演》
 外村 繁   作家 19021223 滋賀   19610728 58 /《夢幻泡影 19490400 文春》
 北森 嘉蔵  牧師 19160201 熊本 東京 19980928 82 /神学/義明の父
 Wilson, Colin   19310626 England  20131205 82 /“The Outsider”

 
>>
 
 かつてアメリカの有名な心理学者ウィリアム・ジェイムズは、人生の
中に something wrong(何かしら間違ったもの)がある、といったこと
がある。さきに引用した外村繁氏の文中に出てくる「どこか奇妙なこと」
という言葉は、まさに something wrong に相当するものである。われ
われは以上において、人生の「始」「中」「終」たる出生・職業労働・
死のいずれもが、something wrong としての問題性をもっていることを、
見て来たのである。(P21)
 
 われわれはこれまで既に something wrong を直感して来たが、しかし
何故それが wrong であるかについては一言も触れて来なかった。そのこ
とは、この文章の冒頭に引用した三人──外村 繁、マクス・ウェーバー、
無名の一青年──について既に同様である。これらの人々は、人間の性
行為の中に、職業労働の中に、死の中に、矛盾(「どこか奇妙なこと」)
を直感したのは確かであるが、それが何故矛盾であり、奇妙であるかに
ついては、一言もしていない。ただ「奇妙だ」「さっぱり分らない」と
いっただけである。そしてそれはまたわれわれ人間すべてに当てはまる
ことである。われわれは自己の根源を扼する矛盾を直感しているにもか
かわらず、何故それが矛盾であるかについては、全く知らない。われわ
れにおいては、直感が知を伴わないのである。
 しかるに聖書はわれわれの直感と同じ直感を叙述すると同時に、それ
を解明することをしているのである。ここに聖書の決定的な意義がある。
では聖書の「解明」は如何なるものであろうか。
 一たい「矛盾」というものは、本来あるはずのないものが現にある、
という所に成り立つ。これが「矛盾」の本質である。もしも、本来ある
はずのものが現にある、のであるなら、それは少しも「矛盾」ではない。
本来あるはずのないものが現にあるからこそ、それが「矛盾」と判断せ
られるのである。──そこで人間に既述のような根源的矛盾が直感され
るということは、人間が本来あるはずのない所に硯にある、ということ
を前提している。人間の出生・労働・死が「矛盾」であるということは、
もし人間が本来あるはずの所にあるなら、決して起らない事どもが、人
間において現に起っていることを意味する。一言にしていえば、人間は
本来あるべき所から落ちているのである。「本来あるべき所」とは何処

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12月10日(金)
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