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与太郎文庫
by 与太郎
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■ 秋の夜の感傷 〜 続・虫のいろいろ 〜
http://d.hatena.ne.jp/adlib/19541123
秋の夜の感傷
そろそろ秋だなと思っていたら、にわかに小さな虫が増えた。私の部
屋の二本の蛍光燈のまわりには三ミリ位の虫どもがキリキリ舞っては落
ちてゆく。うっかり早くからふとんなど敷いていると、寝るときにふる
い落したうえ薬をまくなど大さわぎしなければならない。
おまけに今年は、新しい蛍光燈とスタンドでよほど明るくなっている
ので、小さな客人たちは好んでやってくる。本を読んでいると、彼らが
音をたてて本の上に落ちてくる。みていると舞っているときはいかにも
幸福そうで、やがて陶酔のはてにトンと落ちてきて腰をぬかしている彼
らである。鉛筆の先でつついても動けないのがいるし、死んでしまって
いるのもいた。
あまり多いときは古い洋服ブラシで掃きあつめるのだが、たいてい掌
の上に小さな山ができるくらいはある。それらをながめていると、これ
が連夜、私の部屋をおとずれる客人たちの静かな姿かと気の毒になる。
そんなある夜のこと、私は近視なので部屋の採光には特に注意してい
て、そのときも半球形の反射笠に六〇ワットの電球を入れて天井に反射
させていたのだった。初秋の夜ともなればさすがに静かなもので、私は
反射笠の中にかなり大きな虫が入ったことをその音で知った。
机の上に乗ってのぞきこむと将棋の駒より一まわりほど大きい例のぶ
あつい感じの蛾が熱い電燈のまわりをきゅうくつに飛びまわっていた。
指でもむとパン粉みたいになりそうなこの珍客は蛾特有の粉をのぞきこ
んだ私の頭髪とマツ毛に不遠慮にふりまくので私はいそいで首をひっこ
めた。
“やっかいな客”私は力にうったえてこの不遠慮な客人を片づけること
にした。
私がチリ紙をもった手を近づけると蛾はますますはげしく反射笠の中
を飛びまわった。そして、そのほんのすこしの間に、笠の内側に卵を三
個、きれいに並べて産みつけた。私はそれを横目で見やってなおも彼女
を捕えようとあせった。……ようやく捕えた私は薄いチリ紙を通して、
ぶよぶよした感触に接した。とたんに私はぞっとした。“この俺の手の
中でも彼女は卵を産みつづけている……”私はさっき反射笠の内側に産
みつけられた三個の卵のあのつややかなうすももいろを想い出してふる
え上った。
私はバタバタする蛾をつまんだまま、もう一度さきの卵をのぞきこん
だ。殻につつまれていた三つの生命は、反射笠の熱によって完全にとけ
てしまっていた。何となくホッとした私は手の中の虜が全く動かなくな
っていることに気がついた。
── 阿波 雅敏《秋の夜の感傷 19541122 同志社中学生新聞・第十六号》
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人間性の変換 〜 裁判より得たる教訓 〜
── 人間はなぜ戦争を好むのか。ある人はこれをこんなふうに説く。
本来、微生物や、下等動物から、だんだん生存競争に勝ちつづけて人
間までになった。人間となってからも、他の種族との間に不断の競争を
する。社会主義者にいわせると、継続的に階級闘争をくり返す。この間
に、闘争とか戦争とかということが本能に近い習性となって、人間の骨
髄にこびりついた。子供のあそびでも戦争ごっこが一番好きになる。原
始的人間性の再演かもしれないと。
第一次欧州戦争のとき、名を忘れたが、ドイツの生物学者が、昆虫や
蛾の類が夏季に誘蛾灯に集まって、そこで焼き殺されるのは、こんなわ
けだと説明した。
本来、昆虫は幼虫からサナギとなり、昆虫に変化するのである。幼虫、
サナギの時代は光線を必要としないのであるが、それが孵化して蛾とな
ったときに目ができ、羽をそなえるにいたる。この場合光を見ることが
できる。こんなものができたのは、昔の昔、大昔のことであるから、光
といえば太陽の光線の外にはなかった。太陽の光に向かって飛べばおの
ずから温暖であり、適当の食物も得られる。ゆえに光に向かって飛ぶと
いうことは昆虫や蛾の自己保存、種族発展に最適なことであった。しか
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11月23日(火)
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