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与太郎文庫
by 与太郎
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■ 解題 〜 文学よ、さらば 〜
 
 この分冊の対象とする期間は 1946〜1972 年にわたる。
 それ以後の連続を示すために《盤外長考》《失われた日々の顧展》や、
さきの《くたばれ!たかじん》《ポール先生、さようなら》を加えた。
巻末の《作品目録》は、いまのところ心おぼえにすぎない。
 
 かつて孔版印刷や活字で公表した文章をあつめ、テキスト・ファイル
に入力 (1985〜1995) していたが、前後の記憶をつなぐための註釈に、
知人友人の文章を加え、あわせて関連する文献・出典なども引用するよ
うになった。
 日付のない自註は、おおむね編集期間 (19960523〜200012ca) のもの
である。引用文も(しばしば同意しかねるものも選んで)それぞれ文末
に掲載誌紙名と出版年月日を付した。
 登場人物の生没年月日をくわしく列挙したのは(別のおもわくもあり)
二十年来のデータ・ベース《生没総譜》による。
 脚注・補注・傍注・脚注の他、ときに任意の表題(諸太郎、など)を
もうけて独立した。外枠および署名のないものがこれにあたる。
 私的書簡については、自分のものをふくめて父の手紙など、ごく一部
を除いて書簡分冊(IP-EX-0)にまとめる(ここでは非表示=□□)。
 つぎの画像分冊(IP-EX02)は 1973〜1985年にわたる作品集で
あり、“Pax Adlib”を副題とする。
 ここでの画像処理は、MS-Excel 97 上で可能な図形表示によるアイ・
キャッチャーに換え、一部スキャナーを用いたが、将来の汎用性に疑問
があり、現段階ではダミーとする。
 ところどころ意味不明の書込みや、不用意な重複があるのは、つねに
完成しないファイル・ブックを一時的にプリント・アウト( on demand,
last updated ) していて、書籍の面影はあるものの、どことなく古典的
な叙述にそぐわないのは、ワープロ専用機から表計算ソフト“Excel 97”
に移行したためである。
 
 かつてカード中心であった文書管理が、ワープロの出現によって劇的
に変貌して(別稿《さらばカード 1985〜1987 》参照)まもなく、また
もや旧式となったテキストを“MS-DOS”“CSV”などの原型にもどし、
いかなる手段をもってしても“Windows 95”に参入しなければならない
時代に突入したのである。この変換作業には予想以上の紆余曲折があり、
初期のワープロ・ソフトが過去の文書形式を踏襲するためのものである
ことが露呈された。
 このときすでに表計算方式への復帰がはじまっていたらしい。
 かつて原稿用紙と帳簿は、意識や思考において別の領域にあったが、
いまや“Excel 97”などの表計算ソフトは、ワープロ・ソフトの機能も
あわせもつ。すなわち帳簿は原稿用紙に代用できるが、原稿用紙は帳簿
として使えないばかりか、国際的汎用性がない。
 
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 Files 〜 さらば、あとがき 〜
 
 小学生のガリ版ではじまり、中学高校時代の活字・活版を経て、美術
学校で写真植字(石井書体)に遭遇したときのショックは大きい。その
後オフセット(平版)印刷の技術向上が、二十年もつづいた。そして、
ついにワープロ(電子印字)が登場して二十年、こんどは送受信できる
HTML(ホームページ検索言語)の出現にいたった。
 いずれ《さらばワープロ》から《さらばエクセル》に飛躍する気配も
なくはない。表計算の原理は、とくに進歩の形跡がないため、ひとたび
空想的なアイデアが実現すれば、だれも予想しないようなソフトが登場
する可能性があるのではないか。HTMLに合流しただけでも、待望の
《さらばプリンター》に、いま一歩近づいている。
 だれも予想しなかったパソコンの普及は、数十巻の百科辞典でさえも
わずか一枚の CD-ROM に保存・複製できることになった。
 その素材単価も、すでに一ドルの半ばに接近しており、単純計算では
十五年前の5インチ・フロッピーなら二十万ドルを要したのである。
 
 部分的な構想にあたっては、つぎの諸作を模倣している。

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12月10日(日)
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