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与太郎文庫
by 与太郎
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■ 君が代訴訟(2)
      帰化したら帰化したで、それなりの苦労がまたあるんじゃ
      ないですか」
朴実    「確かに、帰化をすれば、日本国民として法的には保証さ
      れていますけれども、日本社会は、民族差別は単なる法的
      なものじゃなしに、日常生活にわたっていろんな民族差別
      があります。例えば、アパートに入居するとき、日本名で
      はかまわないけれども、民族名、本来の本名では入れても
      らえませんでした。それから、子供たちも名前のことでい
      じめられたりもしましたし、けんかをすれば、朝鮮帰れ、
      とも言われたりもしました」
原告ら代理人「それは固有の日本人からの差別ですね」
朴実    「はい」
原告ら代理人「在日朝鮮人からの問題は何かありましたか」
朴実    「在日朝鮮人も韓国籍、朝鮮籍の中で、いろんな法的な差
      別のある中で生きてきておられる方にとっては、私たち帰
      化した者は民族の裏切者として、できるだけ民族のそうい
      う同朋の社会に入っていこうとした時に、来なくてもいい
      とか、裏切者とか、そういうふうな表現で排斥されました」
原告ら代理人「そういうことで、かなり悩まれて、帰化したことを悔ま
      れたこともありますね」
朴実    「はい」
原告ら代理人「また、国籍を取り戻したいと思われたこともあるんです
      か」
朴実    「はい。それで最初、帰化後一年ほど経って、もう一度韓
      国籍に戻りたいと思って、韓国の国籍法を調べました。す
      ると、韓国に五年以上居住して、そして引き続いて居住す
      る用件とか、韓国で生活をしていく生計の道がないと、再
      帰化ですか、戻れないということで、断念せざるを得ませ
      んでした」
原告ら代理人「それで、陳述書によると、『日本籍朝鮮人としての生き
      方を追求し』という表現がありますね」
朴実    「はい」
原告ら代理人「それはどういうことですか」
朴実    「私は最初はそれは私個人の特異な、私が帰化をし、そし
      てまた再び朝鮮社会に入っていこうとして受け入れられな
      かった時に、私が帰化したことが悪かったんだと、私個人
      に置き換えていたんですけれども、客観的に見ると私一人
      じゃなしに、日本の社会のあらゆる民族差別の中で、帰化
      していく人が毎年約五〇〇〇名います。そしてその子孫の
      数も非常に多いです。また、私が日本の学校教育でそうで
      あったように、民族的素養を一切受けられずに、むしろ民
      族を否定していくことばかり考えていました。そういう子
      供たちが今もなお、小学生、中学生として育って行った時
      に、私と同じように民族を否定し、帰化していく者が出て
      くるんじゃないかと。それは私一人の問題だけじゃなしに、
      たとえ、帰化をして、日本国籍になっても、もう一度民族
      を取り戻したい、あるいは朝鮮人として生きたいという願
      いがかなえられるような、そういう社会になってほしいと
      思ってそういう生き方を追求しました」
原告ら代理人「それで本名使用も考えられたということですが、帰化の
      時に日本名を押しつけられましたね」
朴実    「はい」
原告ら代理人「あなたの表現によると、どうもそうらしいです」
朴実    「はい」
原告ら代理人「本名を使い出したのは、いつごろからですか」
原告ら代理人「帰化をしたその年の秋に長男が生れまして、その子供の
      教育を思った時に、この子は幾ら国籍が日本でも、親が朝
      鮮人であれば、この日本社会ではきっといろんな差別を受
      けると思いました。それならば、むしろ親とか、そういう

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04月26日(金)
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