ID:60769
活字中毒R。
by じっぽ
[10025593hit]
■日本のメディアにおける一番の長寿番組「ラジオ体操」の歴史
『まだある。こども歳時記 夏休み編』(初見健一著・大空出版)より。
(「ラジオ体操」の歴史について)
【「ラジオ体操」がはじめて放送されたのは、1928年のこと。放送局は東京中央放送局。言うまでもなく現在のNHKだ。多くの人が、「ラジオ体操」を考案し、主催しているのもNHKだと思っているようだが、実は違う。
考案したのは、逓信省簡易保険局(現在の株式会社かんぽ生命)の課長さんたち。1920年代初頭、アメリカのメトロポリタン生命保険会社が「健康体操」なるものを開発し、ニューヨーク、ワシントンなどでラジオ中継していた。日本の「ラジオ体操」は、これを参考にしたものだという。つまり、逓信省簡易保険局が開発・提唱し、NHKが番組として全国に普及させたわけだ。
なぜ逓信省が体操を?と思うかもしれないが、保険業務は被保険者が健康でなければ安定しない。特に肺結核や伝染病で亡くなる人が多かった時代には、生命保険会社が国民の健康支援を担うことも多かったのだそうだ。
日本の「ラジオ体操」は、まず各地の小中学校に普及した。学校で体験した子どもたちによって家庭に持ち込まれ、大人たちにも浸透していく。そして1930年、東京・神田の万世橋署児童係巡査が、「長期休暇中の子どもたちに規則正しい生活を身につけさせたい」と、夏休み期間中の「ラジオ体操会」の実施を思いつく。この活動が神田地区全体に広まり、NHKが大きく取りあげて全国に広めた。その後は各地に「同好会」が生まれ、「ラジオ体操」は夏休みの早朝につきものの行事として定着した。
が、戦時中は「国民心身鍛錬運動」の様相を呈し、敗戦後にはGHQから警戒されることになる。アメリカ兵たちの目には、リーダーの号令によって群衆がいっせいに同じ動きをする様子はかなり異様に映ったようだ。「民主的でない」と禁止令が出て、放送は中止。ここで「ラジオ体操」の歴史は一度途切れてしまう。
そして1950年、新たな体操の考案が検討されはじめる。このころになるとGHQの態度も軟化していたようで、翌51年、内容を一新した「新ラジオ体操」が再スタートを切る。これがわれわれ世代にもおなじみの「ラジオ体操第一」だ。
53年7月には「夏期巡回ラジオ体操会」が開始され、夏休み期間に全国四十数か所で実施。この様子がラジオで実況中継された。以降、戦後に生まれた新たな「ラジオ体操」も全国規模で親しまれるようになる。大阪万博が開かれた70年には、万博会場内「お祭り広場」で「1000万人ラジオ体操祭」が開催されるなどして、日本人なら知らない人はいない、どころか、体験していない人はいないほどの「国民的体操」と呼べるまでになった。
初回の放送から約80年。現在、「ラジオ体操」は日本のメディアにおける一番の長寿番組だ。】
〜〜〜〜〜〜〜
いまや大人になり、一児の父親にまでなってしまった僕は、毎年この時期になると、「ああ、夏休みがある小学生はうらやましいなあ……」なんて思うのです。
でも、これを読んでいて、思いだしてしまいました。
「ああ、小学生にも『ラジオ体操』という、めんどくさい毎朝の足枷があったなあ……」と。
世の中には、「ラジオ体操をものすごく真面目にやる小中学生」というのもいるのかもしれませんが、少なくとも、僕の周囲はみんな「あんなかったるいこと、やってられねーよ」という態度をとっていました。
校庭で体育教師が「もっとまじめにやれ!」と怒鳴っているのを横目に、手や足を極力小さく動かして、ギリギリ怒られないレベルの「省エネ体操」。
どうしてこんな、誰も喜んでいないものが長年続いているんだ?とかねがね疑問だったのですが、現在でも続いているんですね、ラジオ体操。
まあ、自分が大人になってみると、「子どもに規則正しい生活をさせたい」という気持ちは、わからないわけでもないけれど……
これを読んでいると、ラジオ体操のルーツはアメリカで、それを日本が採りいれた、ということのようなのですが、むしろ、日本でのほうが広く普及してしまったようです。
[5]続きを読む
08月11日(水)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ
[4]エンピツに戻る