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活字中毒R。
by じっぽ
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■日清『ラ王』の栄光と挫折
『カップヌードルをぶっつぶせ!』(安藤宏基著・中央公論新社)より。
(安藤宏基・日清食品ホールディングスCEOによる、『ラ王』開発秘話)
【インスタントラーメンの場合、ちょっと面白いマーケティング・アイデアで百億円を売ることはできる。しかし、五百億円を売り上げようと思ったら、いくらインスタントとはいえアイデアだけでは無理である。商品に新しい付加価値をつける技術革新がどうしても必要になる。「ラ王」の開発に当たっても、生めん独特の味わいを表現し、なおかつ長期間の保存に耐えるようにするため、技術的な壁をいくつかブレーク・スルーしないといけなかった。プロジェクトチームは当時の中央研究所長だった山崎眞宏の指揮下にめんの担当者として法西皓一郎、赤松伸行、田渕満幸らがついた。めん一筋の名うての変人たちである。
生めんは当たり前のことだが水分が多い。菌の管理が不十分だと、雑菌が繁殖してカビが生えることもある。だから賞味期限は長いものでも1ヵ月から40日程度である。これを5か月保存に耐えられるめんにする必要があった。
そのために、まず、めんに酸性の処理をほどこし、長時間殺菌し、完全密封包装する。酸性処理すると、菌の発生は抑えられるが、ラーメン独特の風味とコシをつくる「かん水」がアルカリ性なので、中和されてコシも粘りもないめんになってしまう。そこで、めんを形成している小麦粉タンパク「グルテン」の網状の構造を、酸性下でも弱くならないように強化する必要があった。
めん開発のリーダーとして働いたのは、オペラ座の怪人ならぬ「めん小屋の変人」と言われた法西皓一郎だった。この人はインスタントラーメンがJAS認定されたときに規格基準を作る仕事に参画して以来、技術一筋の生き字引で、後に日本即席食品工業協会の技術委員長を務めて、業界の発展にも貢献した。
法西は「賞味期限を5か月にするためにめんを酸性化すると、かん水のアルカリ反応が抑えられます。pH5.5で保たないといけないんですが、そうするとまったくめんのコシがなくなるんです」と嘆いていた。
pH(ペーハー)とは、酸性、アルカリ性の濃度を示す数値で、pH値が小さいほど酸性が強い。相手は化学者の常識で判断しているのが分かった。しかし私は素人である。専門的知識がないから、何でも言える。
「だっらら酸性下でもコシを生む材料を探せばいいじゃないか」と進言した。
「そりゃ、無理ですよ」と言い張る。
「なぜ無理なんだ」
そんな押し問答が続いた。
「なぜ」と聞いても、答えはなかった。
そうこうするうちに、田渕満幸が君津化学から「アルギン酸」を持ち帰ってきた。アルギン酸は海藻から作る増粘多糖類の一種で、水に溶けると粘りやとろみを増す効果があり、物質を固くするのに使われる。法西が重い腰を上げた。これをめんに入れてみた。固すぎて、白玉団子のようでとても食べられない。
「三層めんの技術を使えないのか」と私が提案した。三層めん技術は、もともと日清食品が保有している特許だった。
「単層めんだから固くなります。これを三層めんの中心に入れて、周りをでん粉のようなやわらかいもので包めばできるかもしれません」
このプロジェクトのために急遽、資材部から研究所に呼び戻された赤松伸行が意欲を示した。
5月のゴールデンウイークが近づいてきた。
「連休返上でがんばってくれ。成功すれば特別休暇を出す」とハッパをかけた。
プロジェクト・チームの努力があって、連休明けにはpH5.5の状態でも食感のいい生タイプのラーメンができあがった。三層になっためんの上下に「つるみ」、真ん中にアルギン酸を入れて「コシと粘り」を作るという独自な配合に成功した。これをわれわれは「スーパーネットワーク製法」と称し、十件の特許として登録した。
技術的な壁をブレーク・スルーするには、化学者や技術者の常識を壊すような素人の発想が意外に役に立つ。極限まで技術者を追い込んで、技術者の頭がいったんリセットされた時に、新しい発想が生まれてくる。これがブレーク・スルーの臨界点だと私は思う。ラ王開発に貢献した赤松は現在、日清化成社長、田渕は横浜研究所長マイスターになっている。
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08月02日(月)
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