ID:60769
活字中毒R。
by じっぽ
[10025256hit]

■『タクティクスオウガ』の「カオス」から抜けられない女
『ユリイカ 詩と批評』(青土社)2009年4月号の「総特集・RPGの冒険」より。

(特集のなかの「鼎談・われらの道(RPG)はどこにある」の一部です。鼎談の参加者はブルボン小林さん、飯田和敏さん、米光一成さん)

【米光一成:物語とかを提示してみせるのではなく場としての世界を提出すること、つまり、今のゲームが何でもできるようなある種の「世界」を作るっていう方向に行っているのは、やっぱりゲームならではの語り口なのかもね。

ブルボン小林:それで思い出したけど、知り合いのデザイナー……というか、『ユリイカ』の表紙を装丁している名久井さんだけど、彼女が『タクティクスオウガ』を最近また買って遊んでるらしいんだけど、あれってシナリオが「ロウ(law)」「カオス(chaos)」「ニュートラル(neutral)」って大きく三つに分岐していくんだって。名久井さんは以前に「カオス」で解いたことがあって、当時は他のシナリオは遊びきれなかったから、今回はどっぷりと「ロウ」か「ニュートラル」を選んで遊ぼうと思ったんだって。でもその分岐する場面の会話で「そのようなことは到底、肯んぜられない!!」っていう感じになっちゃって(笑)、結局また「カオス」の道を選んじゃったらしい(一同爆笑)。メモリーの中にある別のシナリオが見たくてやり直したはずなのに(笑)。「カオス」がいちばん熱血漢で「ロウ」は従順でその場に流される人の物語なんだって。その分岐点は仲間の裏切りみたいな場面でそれを見てみぬふりをしろ的な、なんかすごい提案をされるらしい。「あの村人たちをみんな焼き殺してそれを他人がやったことにして儲けはわれわれでもらおうぜ」くらいの。名久井さんは「はい」を選べなかった。二度目で今度は従順な「ロウ」の人のプレイをしようとしたのに、「そんな提案はのめん!」って(笑)。ゲームが多様なのに人間の気持ちが同じになるって、それがすごくおかしくてさ。

米光:それはある意味でそのキャラが他人じゃなくなってるってことだよね。でもその感情移入具合はいいな(笑)。

ブルボン:だよね。このエピソードひとつだけで『タクティクスオウガ』というゲームがすばらしいものなんだろうということがわかる。
 でも、そうして結局見ないままになってしまった『タクティクスオウガ』のソフトのなかのメモリーだって物語なわけだし、昔はやっぱりそういう風なメモリーの全部をみたかったはずなんだよね。だってスーパーファミコンのソフトって8900円とかしたんだもん。でも難しかったりして、『かまいたちの夜』とかでも「ピンクのしおり」とかを全部見るのは困難だった。でも今は難しかったゲームが攻略法がいっぱいネットに出てるじゃないですか。それで『かまいたちの夜』を全部解けるようになったわけだけど、でもそれでいざ見たらたいした筋書きでもないのよ。すでに遊んだ本筋のミステリーのところがやっぱりいちばんノリノリでさ。「メモリーを全部見られるようになったけど、それは別に楽しくなかったよ」って思ったな。だからゲーム内の選択肢として「はい/いいえ」を選ばさせられて、で結局「はい」を選ぶなんていうのはさ、なんかやらされてる感みたいなものも感じたりするんだけど、でも「いいえ」のあとに無数に世界は用意されてあってもさ、やっぱり「はい」を人間の側で選ぶかもしれない。

米光:『ゲーム化会議』でやっていていつも困るのが、「我慢する」って感じとか「仲間が死んだつらさ」みたいなものをゲームシステム的には表現できないってことなんだよ。「この人は恋愛狂で恋愛なしではいてもたってもいられない」っていうのはどうシステムで表現していいのかはわからない。プレイヤーがそう動いてくれないと困るんだけど、そうは動かない可能性ももちろんあるわけで。選択肢はあるけど、もはや「はい」を選ばない人間はいないだろうってところまで感情をわしづかみにできればいいんだけど。でもそれはシステムだけではやっぱりなかなか表現できなくて。

ブルボン:ある意味、やっぱり人間の側がさっきのデザイナーみたいな人であればいいわけだね(笑)。ゲームである以上、やっぱりある程度は人間にゆだねられるわけだし。


[5]続きを読む

04月13日(月)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ

[4]エンピツに戻る