ID:60769
活字中毒R。
by じっぽ
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■「人がひと息で読めるのは200字」という時代
『なぜ日本人は劣化したか』(香山リカ著・講談社現代新書)より。
【2006年も後半のことだったと思う。
「生き方論」などで定評のある雑誌から、原稿の依頼があった。「ストレス解消の秘訣」といったテーマで1200字という短い分量だったので引き受けることにし、締め切り日に原稿をメールした。構成は、「ストレスとは何か」という定義に続けて「ストレスが生まれる理由」を簡単に説明し、それに続けて「解消のために気をつけること」を3つほど書く、というごく常識的なもののつもりだった。
ところが、すぐに編集者から「書き直し」を依頼する返信が来た。
「いただいた原稿に問題がある、というわけではありませんが、こういった構成だと全体を最初から順に読まなければならず、途中で読者が飽きてしまう可能性があります。前半の定義や解説はすべて省き、解消法の部分だけを箇条書きにして、ちょっとした説明とともに書いてください。なお、解消法は3つではなくて、6つくらいお願いします」
私は、自分が原稿の分量を間違ったのではないか、とあわてて依頼書を見直した。「解消法を6つと解説」ということは、1200字ではなくてその10倍だったのではないか、と思ったのだ。
ところが依頼書には、明らかに1200字と書かれている。ということは、ひとつの項目の解説は200字程度。200字といえば、当然のことながら400字の原稿用紙の半分であり、短い文を2つか3つ、書いただけで終わってしまう。
「それでいいのだろうか」と思いながら、もう雑誌の発売日も近づいていたので、私は言われるがままに、その原稿を「さあ、ストレスを解消する6つの方法について、教えましょう。まずその一……」と説明はほとんどなしに具体的な解消法から始めた。しかも、「その一 すんだことはクヨクヨ考えない」という項目だけでも一行消費されてしまうので、説明部分には、「クヨクヨ考え込むのは、実は人間にとっての最大のストレスです。イヤなことがあっても、温かいお風呂に入って布団にもぐりこみ、楽しかった思い出などを振り返って眠るようにしましょう」程度のことしか書けない。なぜ、クヨクヨ考えるのがストレスになるのか、なぜ風呂に入るのがその解消に役立つのか、については、いっさい触れられない。
「これでいいのだろうか。これじゃ原稿というより標語みたいではないか。さすがに読者は”こんなの信用できない”と思うのではないか」と思いながら、書き直した原稿をメール送信した。すると、今度は編集者からすぐに「こちらの意図を汲み取り、この特集にぴったりの原稿を書いていただき、ありがとうございました」というメールが送られてきたのだ。「一項目200字で本当にいいのだろうか」と思いながらも、編集者が言った「それ以上長い、起承転結があるような原稿は読者に読まれない」という言葉が気になった。
そのあと、女性雑誌の編集に長くかかわっている知人にこの話をしたら、「そんなの、あたりまえじゃないの」と一笑に付された。
「私も15年間、この仕事をしているけれど、昔はライターさんにひとつのテーマについてだいたい800字を目安に原稿を依頼していたんだけどね。その頃は、人がひと息で読めるのは800字、と言われていたから。
それが今は、”ひと息は200字”が常識になっているの。それ以上長くなると、読者から『読みにくい』『何を言っているのか、わからない』とクレームが来てたいへん。
でもたしかに200字だとほとんど何も書けないから、『この春はベージュのリップグロスが大ブレイク! ハリウッドセレブの誰々もヨーロッパ王族の誰々も、みんなこの色に夢中!』みたいに情報を並べるだけで、おしまいになっちゃう」
私は、さらに笑われるのを覚悟できいてみた。
「でも、そもそもなぜベージュが流行るのか、みたいな説明もしないで、ただ”ベージュが人気”と書くだけじゃ、かえって信用してもらえないんじゃないの?」
すると、その知人は言い切った。
「そんな背景とか理由なんて、どうでもいいの。もし書いたとしても、誰も理解しようとしないし。むずかしいことなんて、誰も考えたくないし、興味もないの。問題なのは、この春に何色の口紅を買えばいいのか、ただそれだけのことなのよ」
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08月22日(水)
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