ID:60769
活字中毒R。
by じっぽ
[10025207hit]
■光市の母子殺害事件の控訴審が始まった。
産経新聞の記事より。
【山口県光市の母子殺害事件で、殺人などの罪に問われ、最高裁が無期懲役の2審・広島高裁判決を破棄した元会社員の男性被告(26)=事件当時(18)=に対する差し戻し控訴審の初公判が24日午後、広島高裁(楢崎康英裁判長)で始まった。事件当時未成年だった被告への死刑適用の是非をめぐり、検察側と弁護側の激しい攻防が予想される。
1、2審判決はいずれも、事件当時、被告の年齢が18歳と30日で、少年法が死刑の適用を禁じていない「18歳」に達したばかりだった点を重視し、無期懲役を選択。
しかし、最高裁は昨年6月、下級審が死刑回避にあたって考慮した事情を「十分とはいえない」と退け、「特に酌量すべき事情がないかぎり、死刑を選択するほかない」と判示した。
検察側はこの日の公判で、これまでと同様、「死刑を回避する理由がない」とする意見書を陳述するとみられる。
これに対し、弁護側は被告に殺意はなく、傷害致死罪が相当とする意見書を陳述し、事実関係についても争う方針。弁護側が独自に依頼して作成した被害者の死因鑑定書などを証拠請求し、殺意の認定を突き崩して死刑回避を図るとみられる。】
『週刊SPA!』(扶桑社)2006年7月4日号のコラム「これは事件だ」vol.492(神足裕司著)より。
【事件を振り返る。
'99年4月14日、残業で夜9時半すぎに帰宅した本村さんは、自宅に妻・弥生さん(当時23)と生後11ヶ月の長女・夕夏ちゃんの姿がないため探し、押し入れの中で冷たくなった妻の姿を発見する。
18日、容疑者の少年が逮捕された。近隣に住む少年は、かねてから弥生さんに目をつけ、水道検査を装って侵入。大声で叫び、抵抗する弥生さんを「殺してからやれば簡単だ」と首を絞め、手と口を用意したガムテープで縛って、セックスした。赤ん坊が泣きやまないので、両手で抱え上げ、頭から絨毯に叩き付けた。なおもハイハイして死んだ母のところへ来たので、両手で首を絞め、うまくいかないので紐で絞め殺した。
「犯行の動機は甚だ悪質で……動機と経緯に酌むべき点へ」みじんもない、と最高裁判決要旨にある。
本村さんは「もし犯人が死刑にならずに刑務所から出てくれば、私が自分の手で殺す」と言った。当然の感情だが、異様でもあった。
だが、本村さんは単純な被害者の復讐感情にとどまらなかった。
憎しみを抑え、地道に犯罪被害者の遺族会をつくり、'00年5月、刑事訴訟法の改正による法廷での意見陳述に漕ぎつけた。
『少年に奪われた人生』(藤井誠二著)から引用する。
「今のような状態では君に死刑を科す価値すらない。(中略)私は君に死刑判決が下り、その判決を受けて君が反省し、慟哭することを願っている。死刑の執行は君が反省するまで待っても構わないと思う」。そして、立派に更正し、死刑にする必要はないと世界の人が思った時に私は死刑を科したい、と。
本村さんは、少年が反省したとどうしてわかるのか、将来更正するとわかるのか、と問うた。
当初の恐ろしいような激昂は次第に治まり、逆に論理はずっと鋭くなった。
懸命に反省し、立派な人間になった時、初めて死刑に意味がある。
9つの「永山基準」というメーターの針を眺め、八百屋のおやじのように刑罰を決めた裁判官には決して言えない言葉だ。
なるほど。世界の趨勢は死刑廃止だ。ドイツは第2次大戦後まもなく、ナチスへの反省から。ルソーの国フランスでは、'81年、死刑廃止を掲げたミッテランが大統領になり、公約通り実現した。
だが、そのミッテランを動かした'77年の裁判、8歳児フィリップ・ベルトラン君が誘拐殺害された事件で、死刑廃止そのものを勝ち取るきっかけになった老齢のボキヨン弁護士は「手を震わせ、青ざめた顔で」訴えたのだ(『死刑廃止フランスの教訓』より)。
「この審問の場には、恐ろしい血の匂いが漂っています。犠牲になった子供の血ですが、その子供は、分別ある大人になることもできなかったもう一人の子供によって犠牲にされたのです」
上告審口頭弁論を勝手に欠席し、会見の席に現れて傲慢な声で「果たしてこれが殺人と言えるのか」と、愚かな屁理屈を展開する日本のバカ弁護士によってではない。
[5]続きを読む
05月24日(木)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ
[4]エンピツに戻る