ID:60769
活字中毒R。
by じっぽ
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■タージマハルの「完璧なシンメトリー」を崩した「異物」
「インド旅行記1〜北インド編」(中谷美紀著・幻冬舎文庫)より。
(女優・中谷美紀さんがタージマハルを訪れた際に、ガイドさんから聞いたというタージマハルの由来をまとめたもの)
【昔々、インドには300年続いたムガル王朝の5代目の王であるシャー・ジャハーンという王様がいました。王様は、3代目のアクバル王が城壁を築き、4代目のジャハンギール王、つまり王様の父が宮殿を建てたという、アグラー城に住んでいました。
シャー・ジャハーンは、イスラム教の習慣に則って、お見合いで2人の妻を娶りましたが、そのどちらをも愛してはいませんでした。
アグラー城の宮殿内では、王族のための市場が開かれており、そこでは宝石などが売られていましたが、ある日、その市場を王様が通りかかった折に、ペルシャから物を売りに来た女性ムム・ターズの姿が目に入り、一目惚れをしてしまいました。お見合い結婚が常識だった当時、2人が逢瀬を重ねることは国中の噂になりました。しかし王様は何をささやかれようとお構いなしで、2年の後にはムム・ターズを3番目の妃として迎え入れました。王様にとって初めての恋愛結婚でしたから、ムム・ターズはとても大事に扱われました。
回廊式の宮殿の中庭部分には池があり、2人はそこで釣りをして過ごすことが多かったようです。どちらが多く釣ることができるかを競うのですが、王様はいつも負けてしまいます。なぜならば、ムム・ターズのあまりの美しさに見とれてしまい、ゲームのことなど忘れてしまうからでした。
一方のムム・ターズは、とても要領がよく賢い妃でしたから、次々に魚を釣り上げ、ゲームに勝った褒美にたくさんの宝石を贈られたといいます。
王様はいつでもムム・ターズをそばに置き、外交で旅に出かけるときはもちろんのこと、戦場に赴くときですら、彼女を伴って行ったそうです。
それだけ仲睦まじい2人のことでしたから、19年間の結婚生活で14人もの子供を授かりました。ところが残念なことに、1631年、その14人目の子供を出産してすぐに、ムム・ターズは病に臥せってしまいました。王様はあらゆる手立てを尽くして、愛する妃の病を治す道を探しましたが、そうした甲斐もなく、ついに永遠の眠りに就いたのでした。
しかし、賢い妃は、自分の命がもう長くないことを悟ってから、王様に2つのことを約束させました。1つ目は再婚をしないこと。そして2つ目は、アグラー城の宮殿からも見えるヤムナー川のほとりにタージマハルのような霊廟を建造することでした。
ムム・ターズ妃を失った王様の哀しみはとても深く、それまでは週末に通っていた宮殿内でのハーレムでの遊興もピタリとやんで、妃との約束どおり、全ての情熱と国力をタージマハル建造に傾けたのでした。
イスラム教圏の近隣諸国から優秀な建築家や技術者たちを呼び集め、お隣のラジャスターン州からは、インド随一の白い大理石を運ばせました。そのほかにもマラカイト、オニキス、コールネリア、ジャスパー、サンゴ、ラピスラズリといった貴石類を他の国から運ばせ、2万もの人員を動員して、22年もの歳月をかけた後の1653年には、いたるところに象嵌細工を施した美しい白亜のドームが完成したのでした。それは東西南北全てが均斉のとれた完璧なまでの美しさを誇る建物で、愛すべきムム・ターズにこそふさわしいものでした。
王様は妃の眠るその建物を直接眺めるよりもむしろ、敷地内に張り巡らせた運河と池に映り込んで揺れるタージマハルを好んだといいます。なぜならば、水面に移って揺れるタージマハルには情緒があり、亡き妃の顔を思い起こさせるからなのでした。池の東西南北にはいずれの位置からでも眺めることができるようにと王座が据えられ、太陽の角度や、月齢の変化とともに移ろいゆくタージマハルを見るためにその場所に座ったといいます。
タージマハルが完成してから5年後の1658年に、精魂尽き果てた王様も病魔に侵されました。するとデリーにいた王様の長男は王位を継承するための話し合いをしようと、インドの地方を治めていた3人の弟たちには「父が死んだ」と嘘の知らせを出して、帰郷を急がせました。
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10月11日(水)
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