ID:60769
活字中毒R。
by じっぽ
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■癒されるのは実は受刑者の方なのだ。
「できればムカつかずに生きたい」(田口ランディ著・新潮文庫)より。

(田口さんが、ある大学で「特別講師」として学生たちに話をしたとき感じたこと)

【教室に入っていくと、生徒さんたちはもうそろって席に着いていた。
 50〜60人くらいいたかな。私は教壇に立つのが嫌だったので、教卓の前に椅子を出してそこに座った。みんなに見下ろされる格好になる。
 学生たちを見て「わあっ」って感じたのは、お花畑みたいなインパクトだった。
 若い子ってそこにいるだけでパッションなんだって思った。私はふだんはオジサンを相手にしゃべる事が多いのだけど、オジサンはいるだけで空気が淀んでるのに、20歳前後の子たちの周りの空気は透明でキラキラしていた。
 きっとキルリアン写真で見たら、彼らのエネルギーはビンビン輝いて放出されてるんだろうなあと思った。存在してるだけで輝いてるのに、なんで元気がないなんて思われてるんだろうって不思議だった。
「こんにちは」と頭を下げて、自己紹介をした。ありきたりな事だ。
 子供がいて主婦をやって、その合間にインターネットをしてて、それで本を書いている事。そしたらK先生が「ランディさんの18歳の頃はどんなことを考えていたんですか?」って話を振ってくれた。

「私の18歳の頃は、なぜ自分が自己表現できないのか、そのことをずっと苦しんでいました」

 そういう言葉がなんとなく口から出てきた。
 そうだったのだ。私は自分が演劇や映画、そういう文化的な事に関わりたいと思いながら、いつもその周辺をウロウロしていた。ミーハーで無能な少女、口ばっかりの頭でっかち女、それが私だった。
 自分では何もできず、果敢に自己を表現している男の人たちの側にいて、それを手伝うことでかろうじて自分を満足させてた。
 だけど、いつも思っていた。なぜ自分には「表現したい」という衝動が噴出してこないのか。こんなにも表現したいと願っているのに、表現がわき上がってこないのか。突き動かされるような衝動が起こらないのか。人の後ばかり歩いているのか、なぜこんなに自信がないのか、なぜ何をしたいのかわからないのか……。
 非常に長い、個人的な話だったのに、話の途中で席を立つ人も、携帯を鳴らす人も、無駄話をする人も、一人もいなかった。とてつもなく真剣に話を聞いてもらった。申し訳ないくらいだ。こんな私の話を何だってみんな頷きながら聞いてくれるんだろうって泣けてきた。
 話を終えて感じたのは深い優しさと共感だった。これまで私の青春なんかに誰ひとり共感してくれる人はいないと思ってた。だけれども、目の前にいる私のことを知りもしない子たちが、人生でもっとも劣等性だった頃の私を受け止めてくれてたのだ。
 若い子たちの感応力の凄さに圧倒された。彼らは他人の話に深く共鳴できる感度のいい心を持っている。共鳴する力をもっているのだ。たぶんそれが若い精神の力なんだろう。
 それにしても……。誰かに黙って自分の話に共感してもらうことの、なんという癒し。びっくりした。ここに座って、励まされたのは私の方だ。彼らは私のカウンセラーに等しい。長いこと自分の心の中にわだかまっていたコンプレックスを、彼らにぶちまけ、そして吸い取ってもらったような気がする。
 私はもうあっけにとられて、そして何度も力説してしまった。「みんなは、大人の世代にはない力をもってる、それは感応する力だ。豊かな時代に生まれた世代にのみ与えられるすごい能力だ。森羅万象に自分の心を共鳴させることのできる力です」
 そうだ。食うに困らない戦争のない国に生まれたことで得られる能力だ。闘いの多い時代には他人に感応していたら殺されてしまうもの。
「でも、世界にはあまりにも悲惨な事が多いからその力にブラインドを降ろしてるのかもしれない。だから無感動だと言われてしまうのかもしれない。本当は感応力がずば抜けているから自分を守るために感じないようにさせてるだけなんだと思うよ」

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10月13日(金)
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