ID:60769
活字中毒R。
by じっぽ
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■カーネル・サンダースの「最後の挑戦」
 その後も3度の倒産を経たカーネル・サンダースが、「ケンタッキー・フライド・チキン」の元となる事業をはじめたのは、なんと65歳のとき。この事業欲には頭が下がるというか、信じられないというか……
 65歳といえば、普通なら、リタイアを意識せざるをえない年齢のはず。しかしながら、カーネルは諦めなかった。いや、諦めないどころか、「飛び込み営業」で「ケンタッキー・フライド・チキン」のフランチャイズを増やそうとしていったのです。
 「飛び込み営業」って、肉体的にも精神的にも、かなり辛い仕事のはず(僕はやったことないので、想像しかできませんが)。冷たくあしらわれることがほとんどでしょうし、当時、まったく無名だったカーネルおじさんに「商品そのものじゃなくて、レシピを買ってくれ」なんて言われても、「何それ?」という反応のほうが自然でしょう。
 そんななかで、失敗にもめげずに「話を聞いてもらうコツ」から積み上げていったカーネル・サンダースの執念は凄い。
 まあ、こうしてカーネルおじさんの前半生を知ってみると、むしろ、年を重ねて「枯れた」分だけ周りの人にとっては付き合いやすい人になったのかもしれないな、とは思うのですけど。

 65歳でスタートして、「ケンタッキー・フライド・チキン」を世界中に広めたカーネル・サンダース。この話を読むと、「僕ももう年だから、新しいことをやるのは難しいな」なんて考えてしまうのが恥ずかしく感じます。
 80歳を過ぎてまで世界中を飛び回り、ひとつひとつの店をチェックしていくような人生も、僕にはちょっときつそうではありますが。

 ところで、あの「カーネル人形」を考案したのって、日本人だったんですね。天国のカーネル・サンダースは、自分の人形が日本で酔っ払いにいたずら書きされたり、川に投げ込まれたりするとは、思ってもみなかっただろうなあ。

09月19日(土)
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