ID:60769
活字中毒R。
by じっぽ
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■「野球のルールを何一つ知らなかった」歴史に残る野球マンガの作者
感動シーンの背景に描かれる巨大な夕陽、そして瞳の中の燃える炎……燃える瞳の場合は、梶原の文字原稿に「飛雄馬の両眼には炎が燃えていた」とあるのを、川崎がそのままダイレクトに表現し、またもやそれに梶原が感服し……と、2人の作者の熱い化学反応によって、この作品は不朽の名作へと昇華していったのである。にもかかわらず、5年間にもおよぶ長期の連載中、2人は数度しか会ったことがなく、しかも面を向かって作品に関する話は一度たりともしなかったという。
グラブとミットの違いもわからなかった川崎が『巨人の星』を描いたという事実は、いかに常識とか先入観が当てになれないかを示している。川崎のぼるの『巨人の星』、ちばてつやの『ちかいの魔球』と、歴史に残る野球マンガはいずれも野球知識ゼロの人によってこの世に生まれたのである。】
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いや、いくらあの時代でも、いないだろ星一徹!
『巨人の星』は、とにかく「熱い」(というか、巨人ファンでもなく、再放送でしかアニメも観たことがない僕にとっては、いささか「暑苦しい」)マンガだったのですが、このマンガが生まれるまでの経緯もまた「熱い」物語だったようです。
現在ほど多種多様なマンガ家がいる時代であれば、いくらなんでも、「野球のルールが全然わからない人」に野球マンガを描かせようという編集者はまずいないのではないかと思うのですが、「野球のルールそのものを実地で教えながらマンガを描いてもらう」ほど、当時の「週刊少年マガジン」のスタッフは、川崎のぼるさんを評価していたんですね。
そして、その期待に川崎さんも見事に応えてみせた。
「がーん」をはじめて使用したのは『巨人の星』だったというのは、これを読んではじめて知りました。
「飛雄馬の両眼には炎が燃えていた」というのをそのままマンガに描いたというエピソードは、川崎さんの工夫というよりは、「原作の表現をそのまま忠実に絵にした」だけのような気もしますが、「野球を知らないから」と作画を一度は断ったような川崎さんの「生真面目さ」が、『巨人の星』にはプラスに作用していたのではないかと思います。
波乱万丈の人生を送った梶原一騎さんとは、プライベートではまったく馬が合わなかったのではないか、という気もしますけど、それにしても、「5年間の連載中に数度しか会ったことがなく、面と向かって仕事の話は一度もしたことがない」というのもすごい。もしかしたら、個人的な付き合いが深まることにより、「馴れ合い」に陥ることをおそれていたのかもしれません。
著者の大野茂さんは、「歴史に残る野球マンガはいずれも野球知識ゼロの人によってこの世に生まれたのである」と書いておられますが、後の時代には、『ドカベン』の水島新司さんや『タッチ』のあだち充さんのように、「豊富な野球知識に基づいた野球マンガ」が登場してきます。
しかしながら、たしかに「マンガ高度成長期」には、そういう「圧倒的なエネルギー」が「知識のなさ」をカバーできていたのかもしれませんね。
野球を知りすぎていて、こだわりを持っている人だったら、「地面にバウンドしたときの土煙で見えなくなる」という「消える魔球」を大真面目に絵にすることは、できなかったような気もしますから。
06月04日(木)
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