ID:60769
活字中毒R。
by じっぽ
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■北野武監督「下町だったらさ、いいんだよ、お前バカなんだからで終わるから」
 僕は北野武監督の新作『アキレスと亀』は未見なのですが、この北野武監督(あの『ひょうきん族』『オールナイトニッポン』のビートたけし、という呼びかたのほうが、僕にとっては「しっくりくる」のですけど)の言葉を読んで、2つの相反する感情を抱きました。
 「なるほどなあ」という共感と、「それはそうかもしれないけど、芸人として、映画監督として『夢をかなえた人』の代表である北野武がそんことを言うのは、あまりに残酷なのではないか」という反発と。

 しかしながら、「夢があること」が唯一にして最高の価値である時代というのは、幸福である反面、「生きづらさ」を感じる人も多いのだろうな、と僕も思うのです。
 北野監督の「下町だったら『いいんだよ、お前バカなんだから』で終わる」という言葉は、別に下町をバカにしているわけではなくて、「カッコいい夢なんて追わなくても、堅実に目の前のことをやって生き続けていく」というのを許し、認める「包容力のある文化」を語っているものです。そうやって、「ただ日々の仕事をこなし、家族とともに暮らしていく」という人生は、けっして「悪いこと」ではないはずなんですよね。
 でも、今の時代は、「そんなのは夢がない」と否定される場合がほとんど。
 その一方で、北野監督は、「夢だけを持っている人」に対して、こんな厳しいことも仰っておられるのです。
「でも、現実は同じなんだよ。いま何もやっていないことに変わりはない」
 実際には「何もやっていない人」が、ただ「夢を持っている」ということだけで、「夢を持っていない人」をバカにできるのか?それは、正しいことなのか?

 僕は、北野監督が「夢を持つな」と言っているとは思いません。
 でも、これを読んでいると、もしかしたら、「夢」をかなえようとする人生のつらさ、寂しさを北野監督自身も感じているのかな、と考えずにはいられませんでした。
 「夢」って、そんな単純なものじゃないんだよね。
 たとえば、僕のまわりには「子どもの頃から憧れていた医者になれた」という人がけっこうたくさんいるのですが、彼らの多くは、「でも……俺がなりたかったのは、『こんな医者』じゃなかったのに……」というギャップに悩んでいます。「夢」っていうのは、基本的に完璧には叶わない。「自分を客観的にみる人」であればなおさら。医者になったらなったで、もっと大きな研究実績を残したいとか、教授になりたいとか、あるいは地域でもてはやされたいとか、もっと患者さんに評判を得たいとか、「夢」という山は、登ってみればまた新たな頂上が目の前にあらわれてくるのです。そして、大部分の人は、いつかは競争に負けたり、諦めたりせざるをえない。
「歌手になること」が夢だった子どもでも、実際に歌手になってみれば、「売れない歌手」なんてまっぴらでしょう。

 いまや世界的な名声を得ている北野武監督でさえ、自分の作品や現在のポジションに「完全に満足」しているわけじゃないと思うのですよ。「自分の映画が興行的にうまくいかない」ことをよく自虐ネタにされてますし。
 もちろん「売れる映画より撮りたい映画」なんだろうけれど……

 なんだかとりとめのない話になってしまいましたが、「夢がない自由」というのは、確かに、いまの時代には必要な考えかたなのかもしれませんね。
 「夢なんて持てない、生きていくのが精一杯」の若者だってたくさんいるこの世界では、なんとも贅沢な「自由」ではありますが。

09月25日(木)
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