ID:60769
活字中毒R。
by じっぽ
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■タージマハルの「完璧なシンメトリー」を崩した「異物」
しかし、デリーに向かう道すがらアグラーに立ち寄って父の遺体に対面しようとした弟たちは、長男の嘘に気づき、王位継承に有利な企てを働いたのだと勘繰って、骨肉の争いは殺し合いに発展しました。
しかも彼らは全て王がムム・ターズとの間にもうけた子供でした。次男が長兄を、3男が次男と末っ子を殺すという凄惨な争いの果てに、病床へ父を見舞った3男のアウラングゼーブは、父の顔に憤りを見てとり、自分が王位を継ぐことを許されないのではないかと不安になったため、実の父をアグラー城に幽閉してしまったのでした。
望みどおり、王様はタージマハルの見える部屋に幽閉され、祈りのためにモスクを使用することも許されましたが、息子同士が血の争いをした挙句に帝位を奪われた孤独からか、緩やかに死に向かっていったのでした。
7年の幽閉の後にムム・ターズの死から数えて35年目の1666年に王様もこの世を去りました。本来であれば、ヤムナー川を挟んでタージマハルの向かい側に、正対称の黒い霊廟を造って眠るはずでしたが、王様のはかない夢は散り、ムム・ターズの隣に寄り添うように、タージマハルのドームに納められたのでした。
タージマハルはムム・ターズひとりのためにあれだけの歳月を費やして造らせたものでしたから、全てに均衡が取れており、ムム・ターズの墓も真ん中に据えてありました。ところが皮肉なことに、完璧を要求した王様自らの墓がドームの下、ムム・ターズの墓の左側に据えられることで、見事なシンメトリーは崩れてしまったのです。】
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インドと言えば、最初にこのタージマハル廟の白いドームと寝そべった牛を思い浮かべる人も多いのではないでしょうか。僕もそのひとりで、正直、インドという国に行くのはちょっと怖いような気がするのですが、このタージマハルは、一度くらいこの目で見てみたいものだなあ、と常々思っています。インドの人たちにとっては、そういうイメージは、日本に対する「フジヤマ、ゲイシャ、サムライ!」みたいなもので、あまり喜ばれてはいないそうなのですが。
あの「タージマハル」を「インドの王様が先に亡くなった愛する妃のために建てた」という話はかなり有名だと思うのですが、こうしてその話の詳細を聞いてみると、歴史というものをあらためて考えてしまうのです。19年間の結婚生活で14人の子供なんて、王様の家族でなければ「大家族スペシャル」というか、よくそこまで飽きずに…という感じでもあるのですけど。
ムム・ターズの「再婚しないこと」と「霊廟を建てること」という「2つの遺言」は、王への愛情と信仰心の深さから出たものなのかもしれませんが、考えようによっては、「王が新しい寵妃をつくらないこと」と「王の興味と情熱を閨房にではなく、大規模な建築のほうに向けさせること」によって、自分の子供たちの地位の安定をはかるという目的に適ってもいます。もし、この「約束」がなければ、次の王位に就いたのは、新しい寵妃の子供だったかもしれません。もっとも、シャー・ジャハーンにとっては、「タージマハルを造りながら、新しい妃を迎える」ことだって十分に可能だったでしょうから、やはり、ムム・ターズへの愛情が非常に強かったのは間違いないことなのでしょう。そして、ムム・ターズは賢い女性だったに違いありません。民衆にとっては「いい迷惑」だったとしても。
しかしながら、そのシャー・ジャハーンの後の王位を巡って争ったのが、同じ母親を持つ王子たちだったというのは、本当に皮肉な話です。まあ、世界の歴史には、そのような話はたくさんあるのですが、最終的に王位についた3男のアウラングゼーブには、【アウラングゼーブは死刑に処した兄ダーラーの首を(兄を後継者にしようとしていた)シャー・ジャハーンのもとに送り、その箱を晩餐の場で開封させるなど残酷な復讐行為を行った】などというような、目を覆いたくなるようなエピソードも残されており、シャー・ジャハーンの「余生」は、けっして幸福なものではなかったように思われます。文字通りの「骨肉の争い」を横目に、幽囚の身で妻のために建てたタージマハルを眺める前王は、いったい何を考えていたのでしょうか。
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10月11日(水)
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