ID:60769
活字中毒R。
by じっぽ
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■東野圭吾さんが「作家になって一番辛かった時期」
 東野圭吾さんが、「放課後」で乱歩賞を受賞して作家デビューされたのは、1985年のことでした。それから今回の直木賞受賞まで、22年間もかかっているわけですね。僕のイメージからすれば、東野さんはずっと「人気作家」だったような気がするのですが、実際は、そんな平坦な道のりではなかったようです。いや、年3冊書いて各1万部で年収300万円で会社勤め時代と一緒、と言ってはみても、その印税収入は、会社員の給料のようにある程度保障されたものではないですし、作家には退職金もありません。編集者も「やっちゃったなあ…」と思ったのではないでしょうか。僕が読んだある女性作家のインタビュー記事では、新人賞を獲った作家に編集者がまず言うのは、「早まっていきなり会社を辞めたりしないでくださいね」ということなのだそうですから。逆に言えば、まずは新人賞を獲ることを「作家の卵」たちは目標としているのだとしても、それは「作家になるための条件」でしかなくて、実際に「作家として食べていける人」というのは、そのうちの一部の人でしかないのですよね。そういう意味では、本当に厳しい世界なのです。【乱歩賞という看板の有効期間は驚くほど短かった。何しろ翌年の乱歩賞受賞パーティでは、担当編集者以外、殆ど誰も私の名前を覚えていなかったのだ。】と東野さんも書かれているように、ごくごく一握りの「注目作家」以外は、すぐに忘れられてしまうのが常の世界。そういわれてみれば、僕だって、文学賞の受賞者を何回か前まで思い出せるのってせいぜい芥川賞・直木賞くらいだし、その受賞者のなかにも忘れてしまっている人がたくさんいます。おそらく、いろんな事情で、「東野圭吾になれなかった作家」というのもたくさんいたのでしょうね。ほんと、華やかな世界のようで、けっしてラクな仕事でも儲かる仕事でもないみたいです。
 それにしても、こういうエピソードを読むと、作家にとって自分の担当編集者というのはまさに「苦楽をともにしてきた存在」だというのが、よくわかるような気がします。そして、多くの作家よりも、編集者のほうが高給取りだったりするんだろうなあ、きっと。
 

03月09日(木)
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