ID:60769
活字中毒R。
by じっぽ
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■ナポレオンの「片腕」だった男
「ナポレオンに選ばれた男たち〜勝者の決断に学ぶ」(藤本ひとみ著・新潮社)より。
【情報の収集から決定、実行までの速さに、ベルティエは目を見張った。まるで下士官のような身軽さだった。様々な軍隊の司令部に所属してきたベルティエは、せっかく情報を提供しても、それを生かしきれない将軍をたくさん見ていた。決断力がないのである。今動かなければチャンスを失うと言う大事な局面で動けない。参謀としてははがゆくもあったし、自分のそれまでの努力が無になるむなしさをかみしめることもたびたびだった。
だが、この司令官は違う。もしかして彼なら、現状を何とかしてくれるかも知れない。希望を持ったベルティエはナポレオンと2人になる機会をとらえ、自分の調査結果を報告した。
「よく言ってくれた」
ナポレオンは、ベルティエの肩をたたいて激励した。
「参謀長のあなたは、私の片腕だ。あなたの力なくして私は何もできないだろう。これからも大いに活躍してくれ。期待している。もちろん、それなりの名誉も報酬も用意するつもりだ。よろしく頼む」
それまでベルティエは、司令部の将官として、実戦に関わる将官たちから無言の差別を受けてきた。司令官からもである。
「参謀なんて、しょせん事務屋だからな」
そう言われたこともあった。軍隊においては、銃弾の飛び交う戦場で活躍してこそ名前を認められ、名誉や報奨金を手にすることができる。司令部が情報を収集し、兵站を管理し、統括しなければ軍は戦えないのだが、それを理解する司令官は少なかった。
参謀は陰の存在となり、身分制度がしっかりとしていた革命以前ならともかく、革命後の実力主義の軍内では報いられなかった。
ベルティエは、それを不当だと思いながらも甘んじてきた。声を上げても、取り合ってくれる人間がいなかったのである。だが今ここに、参謀を片腕とまで言ってくれる司令官が現れたのだった。ベルティエは、ナポレオンについて行こうと決心した。自分を評価してくれる人間のために働きたいを思ったのだった。
以来ベルティエは、ナポレオンのかたわらで働き続けた。地図を読み解き、錯綜する情報を整理し、なまりの強いナポレオンの言葉を正確にとらえて文書化し、各部隊に伝達した。
ナポレオンは、ベルティエのペンが追いつけないほどの速さでしゃべり、時には文書化できないほどの俗語を交え、またエルバ島をエルブ島と言い、イタリアのオゾホをイゾープと言い、スペインのサラマンカをスモンレスクと言った。人名も平気で間違え、タレイランのことは終生タイユランと呼び続けていた。
さらに始終話を飛躍させ、一つの作戦を命令している途中に他の命令を思いつき、それを話している間に別の命令を混ぜ、いつの間にか最初の命令に戻っているといった調子だった。
整理の好きなベルティエにとって、混乱は情熱をかきたてるものだった。努力を重ねてベルティエは、ナポレオンについていった。
このため、1日の労働時間が13時間を超えることもまれではなかった。ナポレオンが休んだり眠ったりしている間に、ベルティエは命令書の清書をしたり、補足をしたりしてそれを完璧なものにしなければならなかった。そして休もうとすると、ナポレオンが起きてきて次の仕事が始まるのだった。
四六時中ナポレオンに寄り添ううちに、ベルティエは、ナポレオンの思索を読み取れるようになった。たとえナポレオンが言い間違えても、ベルティエの命令書には、本来ナポレオンが言うはずだったことがきちんと書かれる。ナポレオンはベルティエを絶賛した。
「不可欠の協力者、理想の参謀長だ」
これを面白くなく思ったのは、戦場を活躍の場としている将官たちだった。彼らは事あるごとにベルティエの神経質な性格や、爪をかむ癖などを皮肉った。
ベルティエはたいそう傷ついたが、どうやって対抗すればいいのかわからなかった。口下手だったし、相手は大勢で、しかもりっぱな体格をした戦いのプロだった。ベルティエはじっと我慢をし、ただ働き続けた。】
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03月08日(水)
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