ID:60769
活字中毒R。
by じっぽ
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■村上春樹の生原稿を「流出」させた男
日刊スポーツの記事より。
【作家村上春樹さんの自筆原稿が本人に無断で流出し、古書店やインターネットで高値で売りに出ていることが10日までに分かった。同日発売の月刊誌「文芸春秋」4月号に村上さん本人が経緯を寄稿した。
16ページにおよぶ村上さんの寄稿「ある編集者の生と死」によると、流出した原稿は複数あり、インターネットのオークションにかけられたり古書店で売られたりしている。例えばフィッツジェラルド作「氷の宮殿」の翻訳は、400字詰め原稿用紙73枚で100万円を超す値段で古書店に出ていたという。
寄稿によると、これらの原稿は村上さんが、中央公論社(現中央公論新社)の編集者に直接渡した。編集者は退社後、2003年に亡くなった。
村上さんは「生原稿の所有権は基本的に作家にある」とし、「流出したまま行方不明になっている僕の自筆原稿はまだ大量にある。それらが不正に持ち出された一種の盗品であり、金銭を得るために売却されたものであることをここで明確にしておきたい」と書いている。
中央公論新社は「村上氏にはご迷惑をおかけし、申し訳ないと思っております」とコメントしている。】
以下は、「文藝春秋」2006年4月号に村上春樹さんが寄稿された「ある編集者の生と死―安原顯氏のこと」の一部です。
【安原顯氏が小説を書いていたことを知ったのは、かなりあとになってからだ。彼はいくつかの筆名で、あるいはときには実名で小説を書いて、それを文学賞に応募したり、あるいは小さな雑誌に発表したりしていた。自分が担当している作家たちにも自作を見せてまわって、感想を求めていたらしい。正直言って、とくに面白い小説ではなかった。毒にも薬にもならない、というと言い過ぎかもしれないが、安原顯という人間性がまったくにじみ出ていない小説だった。どうしてこれほど興味深い人間が、どうしてこれほど興味をかき立てられない小説を書かなくてはならないのだろうと、首をひねったことを記憶している。いちばんの問題は、自分が本当に何を書きたいのか本人にもよく見えていなかったというところにあるのだろうが、いずれにせよ、これだけの派手なキャラクターを持った人ならもっともっと面白い、もっと生き生きとした物語が書けていいはずなのにとは思った。しかし人間性と創作というのは、往々にして少し離れた地点で成立しているものなのだろう。
知る限りにおいては、彼の小説が賞を取ることはなかったし、広く一般の読者の注目を引くこともなかった。そのことは安原さんの心を深く傷つけたようだった。僕も何度か彼の作品を読まされて、そのたびに当たり障りのない感想を述べていた。悪いことはひとことも言わなかったと思う。良い部分だけを取り上げて、そこを集中して熱心に褒めた。もちろんどんな作品にも必ず良いところはあるから、それは決してむずかしいことではない。とはいえ彼も熟練したプロの編集者だから、こちらのほめ方にもうひとつ気合が入っていないことくらいは簡単に察する。それで何度か僕に対して腹を立てたことがあった。この人らしいといえばそれまでだが、彼が僕に求めていたのは批評ではなく、感想でもなく、熱烈な無条件の承認であり、応援だったのだ。
「あのな、あの****(高名な批評家)でさえ、この作品を絶賛してくれたんだぞ。素晴らしい、見事だといってくれたんだぞ。なんでお前(ごとき)がもっときちんと褒められないんだよ?」と面と向かって難詰されたこともある。こうなるとまるで子供のむずかりみたいだが、本人はそれだけ必死なんだなという切実な印象は持った。とにかく笑いごとではまったくなかった。安原さんがその人生を通じて本当に求めていたのは小説家になることだったのだろうと今でも思っている。編集者として多くの作家の作品を扱ってきて、「これくらいのものでいいのなら、俺にだって書ける」という思いを抱くようになったのだろう。その気持ちはよくわかる。また書けてもおかしくはなかったと思う。しかし、何故かはわからないのだが、実際には「これくらいのもの」が書けなかったのだ。】
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03月10日(金)
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