ID:60769
活字中毒R。
by じっぽ
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■されど、われらがチェッカーズ。
 高杢さんの「告白本」については、ここに引用されている内容の【のどを痛めていながら外を出歩くフミヤについて「他人に迷惑かけることでもバレなければ、自分のやりたいことはソッと隠れてやる。こういう性格にもう俺(おれ)は我慢ができなかった」などと痛烈に批判した。】というのは、確かにひどい人格攻撃なのですが、そういった「性格の不一致」みたいなものの他にも、不和の原因には、表に出せない事情があったような気もします。ひょっとしたら、「フミヤばっかりいいとこどりしやがって!」というような嫉妬もあったのかもしれないし。

 今回の「徳永さんを送る会」にしても、こういう傍からみれば「いびつな状況」になってしまったのは、おそらく、徳永さんは「フミヤさんグループ」だったからだったのでしょう。もし徳永さんがもともと「中立」であったならば、どちらかのグループが締め出されることはなかっただろうし(逆に、誰も「送る会」とかやってくれなかった可能性もありますけど)。
 とはいえ、こういう席でまで、そういう確執を引きずるのは、伝統的な日本人の「死せる者への感情」からすると、ちょっと悲しい気持ちになるのも事実。
 すべてのケースがそうではないにしても、親の葬式には勘当された息子も来る、というような状況を多くの人が望んでいるはずですし。
 そういう意味では、「故人のために、表面だけでも全員揃って送ってあげるべき」なのか、それとも「故人の遺志を尊重して、裏切り者(?)を排除すべき」なのかというのは、非常に難しいところです。
 赤の他人としては、「フミヤのプロ意識の欠如も若くて遊びたい盛りだったんだろうし、暴露本も闘病生活で自分の思いを遺しておきたくて、金も必要だったんだろうから、お互いに水に流すことはできないのかなあ」なんて思いもあるんですけどね。
 とはいえ、実際に公の場で悪口を言われた側としては、しこりが残るのも当然でしょう。ケンカ別れしたのだとしても「昔の仲間」であればなおさら許せなくなる気持ちもわかります。
 
 それにしても「送る会」が「チェッカーズの元メンバー同士の縄張り争い」みたいに報道されるのは、どう考えても不自然なことですが。

 彼らが大スターにならなければ、ひょっとしたら「昔はバンドやってたよなあ」なんて仲良く酒を酌み交わすような、そんなオッサンたちになっていたのかもしれません。結局、一度大スターになってしまうと、売れなくなっても、解散しても、命を落としても「元チェッカーズ」。その栄光とレッテルをずっと引きずる人生。

 もし天国というところがあるのなら、徳永さんは、「もう、『元チェッカーズ』はやめてくれよ…」とかぼやいているかもしれませんね。

09月14日(火)
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