ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4970,野心のすすめ
            「野心のすすめ」林真理子著
   * 野心という山登り
 創業の準備を含め45年間、その最後は、この様だったが、何故か後悔はない。
野心があったからこそ出来た様々な成功と、挫折経験は何物にも変えがたい。 
自分の限界の壁が常に目の前に立ち上がっていて、何時も溜息をついていた。
 野心を持っていると、「棒ほど願えば針ほど叶う」になる。棒ほど願わなくては
針ほども叶わないのである。創業の頃は、高度成長期という絶好の環境があった。
それに、条件づくりに父が陰で協力をしてくれたこともあった。
野心は志と似ている。自分では志と思っても、人から見れば野心というのだろう。
何かに志をたてると、それが高く、大きいほど、その差が見えてくる。
そして、途中で、頓挫させるような難関が次々と立上がってくる。しかし、今さら、
後は引けないという瀬戸際で、壁が崩れ、内在した力が沸々と湧き出てくる。 
ー以下の内容が、野心を解りやすく要約している。  
≪ 野心を持って努力をし続けるのは、本を読むことにも似ています。本を読み始めると、
自分はどれほど無知なんだろうとか、この分野を知らないのはまずいなあとか、この先また
別の本を読んでみたいなと思う。努力をする人にはいろいろなページが開いてくるんです。
反対に、本をまったく読まない人は、何を読めばいいかわからないし、そもそも本の存在すら
意識下に入ってこない。 自分はこういう人生を送りたいという目標を決めたら、歯を食い
しばってでも頑張ってみることです。野心が山登りだとすると、少し登り始めると、頂上が
どんなに遠いかがわかってくる。少しクラッとするような場所まで来て、下を覗いてみると、
登山口の駐車場ではみんなが無邪気にキャッキャッ楽しそうに群れている。
でも、自分はぜったいその場所にはもう下りたくないと思う。自分はこの先、あの高い
ところまで登れるんだろうかという不安を常に抱えながら、ズルズルと下に落ちたくない
から常に手を抜けない。なぜ、わざわざ辛い思いをしてまで山登りを続けられるのでしょうか。
それは、必死で登って来た場所から見る景色があまりに美しく、素晴らしい眺めを自分の力で
手に入れて味わう満足感と幸福をすでに一度知ってしまったからです。そうなったら最後、
もっと美しい景色が見たい、もっと満足したい、もっと幸福を味わいたい、と、さらに上へ
上へと登りたくなる。 平地で遊んでいる人間には一生見えない美しい景色、野心を
持って努力をした人間だけが知る幸福はあります。もちろん辛い試練だって待っているかも
しれないけれど、野心という山を登ろうとする心の持ちようで、人生は必ず大きく変わってくる。
チャレンジしたからこそ初めて手に入れることのできる、でっかい幸福が待っている。
人の一生は短いのです。挑戦し続ける人生への第一歩を踏み出してくださる方が、
増えることを祈ります。さあ、山に登ろう! ≫
▼ 「やってしまったことの後悔は、日ごと小さくなるが、やらなかったことの後悔は
日ごと大きくなる」の彼女のモットーが、良い。三年前の経験で、つくづく思ったことは、
山の麓で遊んでいた人たちほど、攻撃してきたこと。特に、城下町の体質が、人間関係に
られ一生を棒にふった人の割合が多い。それが、「他人の血で、自分の一生を棒にふった
という傷口を洗おうとしている姿そのもの」に私には見えていた。
しかし、実際に、人生の夕暮れ近くになって、それも有り!ということに気づいた。 
山登りの景色も、麓の景色も、大して変わりはしない、ということ。
しかし、麓でも何かにチャレンジしてないと、麓の美しさ、面白さに気づかない。
はともあれ、何かに挑み、闘い、変化する中で、人生は面白くなるようだ。
せっかく、地球に知的生物として80年を頂いたのだから! 有りがたく頂戴しないと!
・・・・・・
4603, 閑話小題 ー呆けも大変だけど・・
2013年10月23日(水)
   * 呆けも大変だけど、しっかりしているのも?

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10月23日(木)
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