ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4938,閑話小題 ー節目年齢の呼称と、厄年
   * 長寿年齢の呼称と、厄年    〜還暦は満年齢、その他は数え年〜
 先年、還暦が終わったと思ったら、あと半年で古希になる。色いろあったが、アッという間である。
ここまで生きてこられたことに我ながら驚いている。 同期の男の4人に1人の割合で亡くなっている。
これが10年後には2人に1人の割りになる。もう、何時お迎えがきても、死に時と割切るしかない。
  ーそこで長寿年齢の呼称を調べると
60才 還暦(かんれき) 60年で十二支の組み合わせが一回りすることから。
70才 古稀(こき)  唐の詩人、杜甫の詩「人生七十古来稀なり」にちなんで。
77才 喜寿(きじゅ)  喜の草体が七十七と読まれるから。
80才 傘寿(さんじゅ) 傘の略字が八十と読まれるから。
88才 米寿(べいじゅ) 米の字を分解すると八、十、八。
90才 卒寿      卒の通用異体字が卆だから。
99才 白寿(はくじゅ)  百の字から一を引くと99になるから。
100才 百寿(ももじゅ) 白の字に一を足すと100になるから。
108才 茶寿    草冠を二十 その下が米に見立てて88を足すと108になる。
111才 皇寿   皇の字を白、一、十、一に分解して99を表す白にに足すと111になる。
112才 珍寿    112歳以上は珍しいため。
 ところで、人には「厄年」がある。人生の中で不幸や災難が降りかかりやすい年のこと。
厄年は、中国の陰陽道・思想からもたらされたもので、これが一般に広まったのが江戸時代のこと。
 江戸時代には、厄年は数えで男性が25歳、42歳、61歳。女性が19歳、33歳、37歳だったが、
現在では、男性が25歳、42歳、女性が、19歳、33歳とするのが一般的である。
その中で、男性は42歳、女性は33歳が「大厄」と呼び、その前後を「前厄」「後厄」といって、
恐れる風潮がある。
 自分を振り返ると、その辺りが絶頂期であると同時に、大きな落し穴があり、節目時でもあった。
家長制度のあった時代から、核家族、弧族の時代へ変化している現在、果たして長寿が幸せか
疑問である。 まずは、父の亡くなった歳まで二年が目安。 次の目安が喜寿が7年数ヶ月。
傘寿まで11年ヶ月。 健康年齢(介護を受けないで済む年齢)を3年先と想定して、人生の余白を
埋めていくことが当面の判断基準になる。老いても3S(チャレンジ、チェンジ、コンペティション)
の開発と、フラッシュで浮かんだ記憶を捉えて、遡ることにヒントがありそうだ。
 「いい年をして」の「何をするにもいい年」とプラスに解釈して、ソロで、彼方此方を
渡り歩くことが良いのは分かってはいるが、老いからくる面倒くさい!が先に立つ。
・・・・・・
4571,閑話小題 ー火事に遭遇   
2013年09月21日(土)
   * 火事に遭遇
 何時ものポタリングで、長岡大橋から川西にわたり、大手大橋から再び、長岡大橋に戻って
水道町公園前に来たとき、長岡大橋の道路を隔てた向こう側から煙が立っていた。
工場の煙のような、火事のようでもみえる。まずはカメラで写真を撮り、次に近づいて撮ったが、
まだ警察も消防もきていない。写真を撮ったのは長岡大橋のバイパスの上からで、現場まで
150m先、駆付けるか、帰ろうか迷ったが、帰ることにした。少しバイパスを走るとパトカーと
消防が追い越していった。シャッターチャンスにタイミングよく撮れたが・・・(9・19記)
  ー9・20日、追記ー 
 昨日の火事。今朝の新聞によると、72歳のご主人が亡くなったとある。
18歳の孫と老夫婦の三人暮らしで、6時40分に台所からの出火、孫と連れそいは逃げて無事。
あのまま近くまでいっていたら、修羅場に立ち会ったことになる。まさか、死者まで出ているとは! 
改めて、写真をみると凄い煙。通行人は、まさかと関心なさそうに見向きもしないし、
車も止まらずいくし・・ 死者が出た火災の写真とは!新聞社に送ろうか?いや止めておく! 
朝のポタリングには必ずカメラを持って出るが、こういう日に限って忘れることが多いが・・・

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09月21日(日)
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