ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4928,パワレルな知性 ー6
* 人間の持つ二重性 『パワレルな知性』鷲田清一著
「ひとりの人を理解するまでには、少なくとも1トンの塩をいっしょに舐めなければならない。」と、
須賀敦子に諭したイタリア人の姑の言葉が、古典や人とのつき合い方についての根本を示している。
人間は、40億年の生命の進化の歴史を背景に持つ複雑怪奇な生きもの。
自分の中にあるグレーソーンに多くの何かが隠されている。 ーその辺りからー
≪ ・・白黒つけられないこと、グレイゾーンにあることこそ、じつは大きな意味をもっているのでは
ないかとおもってきた。「噛みきれない想い」を抹消しないこと、それが思考の次のステップの火床に
なるのではないか、と。そのことを日常のさまざまな局面で確かめてみたかった。
わたしは子どもの頃から、物ごとを見るとき、表面上の意味とは反対の意味を背後に透かし見る
癖があった。その癖の源となったのは、幼少期のある体験である。
わたしは、京都の下京区という下町の生まれである。お寺が多く。そこを通り抜けると島原という
花街があるという土地柄で、わたしは子どものころ、若い修行僧や芸妓さんとよく道ですれ違った。
修行僧は冬でも裸足に草履履で、服装もきわめて簡素で、逆に、芸妓さんはきらびやかなきもので
着飾っていた。子どものころのわたしは、「お坊さんは寒いのに可哀相やなあ」とおもい、
「芸妓さんは優雅やなあ。おいしいもの食べて、きれいなきもの着て」とおもったものだ。
しかしその後、そうした表面的な印象とは逆の面が見えた出来事があった。
・一つは、祖母から「お寺さんは貧相な格好に見えるけど、わたしらが知らん『浄土』という、
この世にはない幸福を知ってはるんよ」と言われたこと。
・もう一つは、芸妓さんがお座敷に出る前に地味な洋服姿で銭湯に行き、帰り道にお宮に参って
「早う故郷に帰れますように」と祈っている姿を見たことである。
貧相の極みに見えた修行僧の心にはこの世ならぬ幸福があり、豪奢の極みに見えた芸妓さんの心
には寂しく哀しい想いがあった。わたしはそのことを知って、「物ごとって、見た目だけやないんやなあ。
わからんもんやなあ」と、世の中に対する見方が少し変わった気がした。
わたしが哲学の道に進んだのも、子どものころから身についた‘物ごとの裏側を見透かす
癖'が遠因となったのかもしれない。・・・ ≫
▼ 実家が衣料小売商をしていて、4階建ビルの3Fに4〜10歳まで育ったため、日常が戦場真只中!
その上に両親を含めた10人家族と、住込み従業員が4Fと2Fに同居していた。更に猫と、猿と、
犬が、同居とくれば、まさしく小説の世界。そこで、子供ながらに、様々な不条理の場面を見てきた。
子供でも、裏と表が分かるのである。そこでは、まずは自分を自分自身で守るしかなかった。
その中で、姉たちは、成績優良だったから、いま考えると不思議である。その末っ子となれば、
「沈黙こそが金」を身につけざるを得なかった。全てがグレーゾーンで、裏も表も、斜めも、底もある
生々しい世界で、娑婆そのもの。それが、その後の社会経験の中で、危険な場面を乗越える
ノウハウになっていた。 直感的リスク管理が、幼児時代に身についていたことになる。
人間科学を学び続けて知ったことは、『人間の持つ多重性』である。 幼児、少年時代の、
この体験の上に、学生時代の寮生活と、武澤ゼミの「ケーススタディ」が加わっていた。
今回の節目の一連の構えを備えていたのも、それらの蓄積があればこそ。人間の持つ多重性の
奥底を知ればこそ。 で、この結果、この様だから、何を言わんか。
それにしても、見え過ぎるのも、面白い反面…?奇妙なもの!
後記)ところで、読み返してみたところ、私の内容の方が中味が濃い? いや、丁度よい? 悪い?
・・・・・・
4561, 2050年の世界 ー4
2013年09月11日(水)
「2050年の世界 ー英『エコノミスト』誌は予測するー」 英『エコノミスト』編集部 (著)
本書は(第一部:人間とその相互作用)(第二部:環境、信仰、政府)(第三部:経済とビジネス)
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09月11日(木)
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