ID:54909
堀井On-Line
by horii86
[392376hit]
■4924,パワレルな知性 ー2
* カフェという集い −① 『パワレルな知性』鷲田清一著
『カフェ』について、が面白い!ー 学生時代は、このフリーの立場での交わりが良い!
≪ このところ市中では「カフェ」という催しが盛んである。「カフェ」といっても喫茶店のことではない。
「サイエンス・カフェ」とか「アート・カフェ」といった類の、小人数でおこなうディスカッションの会である。
市民が三々五々集まり世情について自由に論議し、その議諭を活字化するあのジャーナリズムの
原型ともいうべきものを生んだ、英国の「コーヒーハウス」にちなんで、そう名づけられたらしい。
じつはわたしも15年ほど前から「哲学カフェ」なるものを、町なかの集会所で、あるいはお寺の一室を
借りて、そしてときにじっさいに喫茶店でもやってきた。何について議論するかは、集まった顔ぶれで
その場で決める。そしてテーマに即して、だれかがまずじぶんの経験を、そしてその解釈を語り
だしたあとは、それを糸口に延々三時間から五時間、あれこれ話しあう。 ルールはかんたんで、
:たがいに名を名乗るだけで所属も居住地も明らかにしない、
:人の話は最初から最後まできちんと聴く、
:他人の著書や意見を引きあいに出して長々と演説をしない、この3つである。
わたしはもう籍を離れているが、大阪大学の臨床哲学研究室では、かつての同僚や大学院生
たちが個々にそれを拡げ、通算すると、もう数百回になると聞く。ある日、もっとも年配の参加者が
最後にぽつりと話したことばが忘れられない。司会をしていた大学院生がまとめに窮しているときに、
その、老人が口をはさんだ。「まとめんでいい、知り合いでもない孫のような歳の子とこんなに
『家族とは何か』ということをまともに話しあったというだけで満足や」。・・・ ≫
▼ 人生を振り返ると、20歳代の経験がベースになっている。視点が固まる、それまでが分かれ目!
それに10歳までの実家の店舗での生活もある。 今から考えると、様々な人間が集まり、その生態が、
あからさまに露出していた。『花子とアン』の主人公ではないが、「朱に交われば赤くなる」である。
そこで、如何にオープン状態で、書籍と、様々な人と触れ合うか、その質と量で、人生は決まってくる。
そこで大きな知的劣等感を得たのが、私にとって、最大の収穫。以来、半世紀近く独学をしてきたが、
私には器の大きさが足りなかった。更に『酒量』『一言』が多過ぎた!
・・・・・・
4557, グレートジャーニーから見えてきたことは ? ー2
2013年09月07日(土)
* 携帯電話が、世界を変えている 「新潮45ー6月号」 ーたけしvs・関野吉晴の対談ーより
旅番組などで、ケニアなどの僻地でマサイなどが携帯電話をしているのを見かけて驚いたことが
何度かあった。 携帯電話の電波環境が出来ているためだが、さほどインフラに資金がかからない
のだろう。考えてみれば、僻地ほど濃密な繋がりと日々の生活情報が必要である。
苦労して僻地についた先で、携帯電話をしている姿を見たらガックとするはず。
ーその辺りが具体的に書かれているー
【 たけし〕ところで、そういう極限の地域で暮らしている人たちの生活って今も昔と変わって
いないのですか。
関野〕昔は自分たちが食べていくために自給的生活とか狩猟採集で暮らしていた人々が、
換金可能な作物を作っている。 現金収入を得ないと生活ができなくなっている。
特に最近はグローバリゼーションがアマゾン、シペリア、 アフリカとか、どこまでも進行しています。
特にすごいのは携帯電話ですね。携帯で全てが変わります。たけし〕 それはどういう意味でですか。
関野〕携帯電話は世界を変えていますよ。アマゾンには、僕が四十年前からつき合っている
先住民の部族がいます。 最初会った時は、大人たちは腰巻きだけつけて、子どもは素っ裸でした。
そんな村でも三十年前に学校ができた。 それは小学佼しかないから、中学校に行くようになると
町の寄宿舎に人る。高校生にもなると、皆な携帯を持ってる。村に帰ってくると電波は通ってませんが、
[5]続きを読む
09月07日(日)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ
[4]エンピツに戻る