ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■5551, 生きる力ってなんですか?
して録音されたこれらの曲を、レコード会社は『クールの誕生』というタイトル
でまとめた。これは、その名の通り「クール・ジャズ」の誕生を告げたアルバム。
クラシックでは馴染みの楽器、チューバとフレンチホルンが加えられたこの
レコード。 ここでのプレイでは、ビバップにはまだ残されていたドライブ感の
あるビートやホットな音色はきれいに消え去り、かわりにビブラートのない繊細
な音色、明瞭で軽快なスウィング調のビートが生かされた。黒人音楽の伝統で
あるブルース的な表現も極力抑えられており、その意味では、クール・ジャズは
ビバップから‘黒っぼさ’を抜いた音楽、ともいえる。事実、その後のクール・
ジャズは、白人中心の展開を見せる。マイルス自身も白人のアレンジャーである
ギル・エヴァンスや白人ピアニストのビル・エヴァンスなどとともに
「マイルス・アヘッド」「マイルストーン」「カインド・オブ・ブルー」など、
歴史に残る名盤を発表している。また、マイルスはそのキャリアを通じて、
モダン・ジャズの歴史に大きな足跡を残すとともに、つねに新しいアイデアを
提供し続けたアーティストであった。 ヘロイン中毒から立ち直った一九五六年
には、クインテットを結成してパートナーにジョン・コルトレーンを迎えている。
この頃のアルバムに「ラウンド・アバウト・ミッドナイト」がある。
 六〇年代後半には、テナーサックスのウェイン・ショーターやピアノの
ハービー・バンコックらの新進とジャズの枠を飛び出す新しい方向を模索し、
その成果は六九年の「ビッチェズ・ブリュー」で開花することになる。 
エレクトリック・サウンドの導入による、ロックとジャズの融合という果敢な
試みを成功させたこのアルバムは、伝統的なジャズファンの間では賛否両論を
巻き起こしたが、マイルスの名声をさらに高めることになる。七六年には一時
引退し、再びドラッグに手を染めたが、八一年に復活。彼の音楽はより
ポピュラリティを増したものになり、ディスコでもかかるようになった。
日本のCMにも登場するなど、ジャズブァン以外にも広く名前を知られる栄光の
うちに、九一年、六十五歳の生涯を閉じた。なお、四〇年代後半にニューヨーク
においてマイルスによって起こったクール・ジャズは、朝鮮戦争で軍需景気に
沸くロサンジェルスなど西海岸にも飛び火し、ウエスト・コーストジャズなど
と呼ばれるようにもなった。こちらも、中心は白人ジャズメンであった。 】
▼クール・ジャズを要約すると、「ビバップから‘黒っぼさ’を抜いた音楽」
 で、白人中心の展開を見せはじめた。ビバップにはまだ残されていたドライブ
感のあるビートやホットな音色は消え、かわりにビブラートのない繊細な音色、
明瞭で軽快なスウィング調のビートが生かされた。黒人音楽の伝統である
ブルース的な表現も極力抑えられた。この辺になると、ジャズマニアの嗜好の
範疇になる。この辺を意識して、貰った千数百のジャズの曲を改めて聴くと、
それぞれのジャンルを想定しながら聴くと、また違って聞こえてくる。

05月27日(金)
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