ID:54909
堀井On-Line
by horii86
[389595hit]

■5027,読書脳 ぼくの深読み300冊の記録 ー4
この自動車業界の惨状からみて、これまでの彼らの繁栄が、大多数の国民の犠牲の
上で成り立っていたと思うと、腹が立つことも事実である。
 ーこの本のP−8にある次の箇所を読んでいて、腹が立ってきた。ー
・・「ビッグマック指数を使って次のように考えるとよくわかる。東京で276円で
買ったビックマックをニューヨークに持っていって売るとする。 販売収入
3・49ドルを100円のレートで日本円にすれば349円になる。276円の元手で349円が
得られるから、こういう行動が利益をもたらすのである。移動で品質が低下するので
現実的ではないが、製造業では品質は低下しないから、取引は現実的になる。
たとえば、「日本でもアメリカでも自動車がビッグマック一万個分」とすると、
日本円で276万円の車が、3万4900ドルになる。したがって、日本で製造した車が
外国に輸出して売れば、右のメカニズムで利益が発生。」
 この数年間に現実の経済で生じたことの基本は、このようなことだった。・・
現在起こっていることは、その正常値になっただけと、野口悠紀雄は述べて
いるのである。それも一挙だから、パニック状態になるのである。 円高は原油高、
穀物高、資源などを5割以上も高く買わされていた国民からみたらマイナスである。 
その上で、彼らは繁栄を謳歌していたのである。それが東海ベルト地帯だけが、
その他の地域と違う国ではないかとさえ思えるほどの差になっていたのである。
 ・・・・・・・・・・
2007年12月19日(水)
 2450, 手帳は予定、日記は過去を書くもの!   (σ・з・)σオハYO!!
そろそろ来年度の日記と手帳の準備に入る時期である。 最近では手帳と日記が
兼用になっているものも目立つ。書いたこと自体忘れていた学生時代の日記を
倉庫で見つけ読み返し、その当時の記憶が鮮明に思い出されて、気持ちを書き残す
重要性を実感した。当時、何故書き残していたのか?当時の日記からすると、
自己コントロールとして書いていたようだ。それが結果として行動記録になった。
現在はブログと随想日記に日々行動と心情を書いているが、見られることが前提で
ある。学生時代の日記に39年ぶりに出会って懐かしく感じるのは、本心を書いて
いたからだ。公開していたら、赤裸々な気持ちをそのまま書けなかっただろう。
昨日、毎日新聞の読書欄に東大教授が日記と手帳について解りやすく書いていた。 
ズバリである。下手に心情など書こうとするから書けなくなる。
身近なことを簡潔にメモを刷ればよい、それも自分の言葉で!
ーまずは、その内容からー
日記をつけない人はいう。いったい何を書いたらいいのかと。何も書く必要はないのだ。
何かを書こうと思う時点で拘束され、負担に。やがて挫折。日記は提出の必要なし。
文章表現に凝ることはない。自由きままに、その人の「いちばん楽なごとば」で
つければいい。感情表現を加えると重くなる。寝る前に一日を振り返り、
「晴。午後から講義。夜、必殺仕事人、見る」。ぼくはこんな感じ。 
田山花袋は、いう。事実を書くだけでいいと。<こう思ったとか、ああ思ったとか
いうことよりも、こういうことをした、ああいうことをしたという行為を書いて
おく方が「日記」という本来の性質にかなっている>。
  (字数の関係でカット2008年12月19日)

12月19日(金)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ

[4]エンピツに戻る