ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■2050年の世界 ー13   
つまり私たちは「自我」「私個人」で思考しているのではなく、言語制度に従って言葉を使用している状態を
「私の思考」と呼んでいるだけ、ということになってしまいます。 しかし、それだけでないと誰でも考えます。 
それでは・・・それが以下に述べられている。 話すにしても、文章を書くにしても、まず「私」がある。
その私とは何かが明確になっていない。ここで、その私の正体が解剖されている。
随想日記を2,000書いてきたが、それは独我論の「私」に気づくプロセスだった。
《私》という「私」の芯は、歪んだ過去の残物でしかなかったということ??・・
 過去の感動・感激・感謝の倉庫? 夢で溢れた夢倉庫? その総体ということ??
−−−−−
第三章 「私」とは何か −?
 ーウィトゲンシュタインの「言語ゲーム論」−
私たちの脳裏に発生している思考は、言語によって表現されます。言語以外の方法で表現された自分の思考を、
認識することはできません。原稿を書いている私は、キーボードの打ちすぎで右手が少ししびれてきたが、
それもしびれてきた」と言葉にしてみるまでは気づかなかったことです。
「眠いかも知れない」と感じたことも、言葉にするまで気づかなかったことです。
脳裏で言葉になった瞬間に「感じた」であり、それまでは「思っても見なかった」ことだと言えます。
そういう私は、本当に主体者なのだろうか?「私」の営みは、純粋な意味で全て「私」に帰属しているといえるだろうか。
(字数の関係でカット2008年10月04日)           \(^▽^*)バイ!
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2005年10月04日(火)
1645.マグロ屋福助ー亭主・宗親の独り言・・4
 4、超一流の人   宗親
 どうしてもこういう商売をしているとね、人間の悪い面だけが見えてしまってね。
でもいいことも多いよ。絶対にこういう仕事でないと会えない人と直接話ができる事だね。
芸術家で日本国宝の人とか、超一流の奴。やはり普通じゃないよ。一流になる人は違うね。そう信念ね、持っているね。
「酒をの飲むなら男とのみゃれ、10年かけたる読書に勝る」あれだね。一生を一つの事にかけている奴は違うよ。
ひと言ひと言が、にじみ出てくるんだよな。教わる事は、「真剣に」ということさ。その人の周囲はピーンと
張り詰め空気が漂ってるんだよな。 あの空気というか雰囲気は、実際会ってみなくては解らないよ。
自分の仕事と何も違うところはないよ。ただ真剣、純粋そして高貴というか後光が漂っているね。人間こういう人は、
1000人に一人いるんだよ。まず50人に1人、別格のがいるんだ。その50人のなかから20分の一選ばれるんだよな〜。
そのへんの人は、自分で考える能力があるんだ。物真似を超えて自分の何かを作り上げたやつさ。
50人に1人は物真似レベル。そのなかで20人に1人自分のものを作れるやつが出てくるんだ。
これ私の客商売で人を見た中で感じたことさ。

10月04日(土)
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