ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4927,パワレルな知性 ー5
解釈したいと思う。 ただし、その表象体系に含まれるカテゴリーが基本的に、もしくは第一に言語という性質を
もつとする点は認められない。考え方としてはわかる。 わからないのは、そしてこれまで一度として理解できた
ためしがないのは、どうしてそんな考えを抱けるのかということだ。というのも、それは私の直接の経験によって
真っ向から否定されるように感じるからである(この点に関して私が特殊であるとは思えない)。】
▼ 事業が、この結果(倒産)で終わった。総括は頭を冷やした来年早々にするつもりだが、それが、この30年の
 構成の提示になる。創業10年、中間期10年、最後の10年、そして最後に、どのような終わり方をしたか?、
その時の断面は、どうだったか。それを、どういう切口で分類し、評価するかである。30年、人生の事業生活の
大部分を注ぎ込んだ、この結果は? 要は、倒産で終わったということ。その視点を失うと、総括は不可能になる。 
炎上している世界経済と、ネット社会の移行の中で日常が音を立てて変化している。その中で、言語的分類の
枠組みを立て直すことが、まず求められる。「3つの震災が何もかも飲み込んだように見えるが、実は情報化の
潮流に飲み込まれたのが真の理由だったのか?」これも言語的分類。分類は分析の第一歩。そのプロセスが総括。
そこで価値(意味)を自ら下げることもない。今までの価値観のコペルニクス的転換の時。ここの小テーマが
「現実と経験と言語は一緒ではない」である。 当然、この小テーマが問題になる。「言語は、それを構成する」だけ。
消滅してしまった事業の総括。ただ、それだけだが・・あと講釈でしかない、だから冷静に見つめないと。
意思決定から45年である。
・・・・・・・
3455, 渥美俊一氏死去
 2010年09月10日(金)
 ペガサスクラブの主催者で、日本リテイリングセンターの渥美俊一氏が亡くなった。チャーンストア時代の大きな
転換期の目安になる。そこには、桜井たえ子という渥美先生の片腕の女史がいるが、彼女がペガサスを支えることが
できるかどうか?  昭和30年半ば大手スーパーや専門チェーンの創業経営者のほとんどが渥美先生の元に終結、
成長・拡大し、そして消えていった。現在でも流通界におけるカリスマ的指導者、亡くなる直前まで講義を続けていた。
氏が主宰していた「ペガサスクラブ」の指導は厳しいのは衆知のこと。日本の高度成長を流通面から支えた貢献は多大。 
バブル崩壊後は、ダイエー・マイカル・西武流通グループの倒産が象徴するように、チェーンストア理論が必ずしも
有効に機能しない側面が表面化し、これまでの勢い失っていった。最近ではユニクロのように、ペガサスに創業当初
から属さない成長チェーンも出現してきている。 学生時代、大学の近くの書店で月刊誌の「販売革新」を手に取り、
渥美俊一が「ペガサスクラブ」を立上げ、ダイエー、ヨーカ堂などのチェーンのコンサルタントをしていることを知る。
そして「チェーンストアへの道」という10巻シリーズのチェーンストアつくりの戦略、手法が書かれている理論を
貪り読んだ。そして、それをベースに卒論「流通革命」を書いた。それもあってジャスコの創業一期生として入社。
そうこうあって渥美先生には、大きな影響を受けた。そして現事業の立ち上げでは、その裏づけとしての理論的
背景にチェーン理論があった。 セミナーだけで、50〜60回は出続けた。 その費用は、長岡市郊外の二つの
土地転がしで直ぐに元は取れた。立地論から、バイパス沿いの若い土地の短期転売で利益を得て、その正しさを確認した。 
しかし20年前にバブルが弾けた彼の理論は、時代とはかけ離れたものとなってしまった。
「バランスシートの右と左を拡大しながら店数を増やしなさい。それも町のバイパス沿いのヘソ(要所)を見つけ、
自店舗を建てることで価値をあげ、それを担保に拡大出店を続けなさい」という理屈である。
 またアメリカの流通事例を見せるため店舗見学ツアーを組んで、2、300人と連れて行くのである。

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09月10日(水)
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