ID:54909
堀井On-Line
by horii86
[392472hit]
■4922,音楽を愛でるサル
ことや、量子物理学によって明らかになったもろもろのことが示しているように、私たちがじかに触れている物理的
環境は、近年まで人間には想像もつかなかったほど奇怪であり、あまりに常識とかけ離れているため、どれだけ聡明な
研究者だろうと、こうした問題を理解するのは至難のわざ。このような状況のなかで常識的な世界観の擁護を試みても、
やる前から結果はわかっている。この試みはきわめて想像力を欠いたアナクロニズムと蒙昧主義にほかならない。
それは最も粗悪な時代錯誤なのである。 なるべく失礼にならないよう控えめに述べるなら、常識的な世界観は思慮の
浅い人々の形而上学にはなりうるだろう。ラッセルは、それを「野蛮人の形而上学」と呼んだ。ラッセルの言葉で私が
何よりも頻繁に引用してきたものは、つぎに挙げる『哲学の諸問題』(『哲学入門』社会思想社)の一節の最後の文である。
「・・そうなると常識はも、もう役に立たなくなり、私たちは物理的対象の本性について、五里霧中におちいりざるを
えない。そこで物理的対象を正当な理由で心的なものとみなせるとしたら、ただ奇妙に思われるというだけでそういう
説を否定することは正しいはずがない。物理的対象に関する真理は、奇妙であらざるをえない」 】
▼ 歳を重ねると、軽くなっていくか、重くなっていくかである。私の知る限り、教養を積んできた人ほど
軽くなっていく。生きてきた月日の出来事が所詮は粟粒、チリの様に消え去っていく事象でしかなかったことを
知っているからである。
・・・・・・・
3450 秘・異郷の旅、よもやま話 -7
2010年09月05日(日)
* アフリカに魅せられて
私がアフリカに興味を持ったのは、私の高校時代の友人がケニアのサファリから帰ってきて、その写真を
見せてもらったことに始る。100枚以上の、ライオンや象、ヌー、そしてチーターの写真が数多くあった。
それだけの写真が、その男が実際に写真に撮ってきた事実が受け止められないのである。そこには、
バルーンから動物を撮った写真もあった。なんで一回のツアーで、これだけ多くの写真が撮れるのだろか?
実際に彼が撮った写真だろうか? 狐に摘まれる感覚であった。 どれもこれも、これまで見たことのない
活き活きした野生動物のエネルギーが写真から溢れ出ていた。丁度、カナダのロッキーに行って、大自然に
魅せられたばかり。なら、アフリカの大地と、野生動物が次のターゲットとして良いだろうと考えた。
しかし、17〜8年前にケニアのサファリというと、大きな抵抗感がある。
とはいえ、あの写真を見せられた上には、行かない訳にはいかない。そして、初めてケニアのマサイマラの
平原にサファリカーで乗り入れたのである。 平原をしばらく走っていると、遥か彼方に、動物が走っているのが
見えてきた。事前知識は全くないので、期間中にせいぜい数匹のライオンか、シマウマを見れれば儲けもので、
テレビで撮影された動物は、普通は見れないものと、信じきっていた。それが、シマウマが走っているのである。
そして、その後は、次々と、ヌー、ガゼルの姿を見ることができるのである。現地のドライバーが、無線とか、
行きあう仲間同士で、何処にライオンの群れがいるとか、チーターがいるかを連絡しあっている。
そして、夕刻に象の20頭位の群れが一列になり寝ぐらに帰っていくのに出くわした。 夕陽の中に、黙々と
隊列を組んで進む姿が何とも絵になっている。そして、翌朝は、早朝サファリである。この時の参加者が4名に
添乗員が一人。我われ夫婦に40歳ぐらいの中年の男の一人参加が、二人のため、ペースは我われ夫婦になる。
これほど、都合の良いサファリのツアーは今だかってない。どの場面をとっても、強烈な印象が残っている。
最初のサファリは、誰にとっても、そうらしい。
・・・・・・・・
075, 父は疲れてしまったのです!
2009年09月05日(土)
* 民主308議席の衝撃 ー朝日新聞ーオピニオン高橋源一郎 9月4日
朝日新聞のオピニオンのコーナーの高橋源一郎の「父は疲れてしまった」の例えが言い得て妙。
ー概略とは
[5]続きを読む
09月05日(金)
[1]過去を読む
[2]未来を読む
[3]目次へ
[4]エンピツに戻る