ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4921,一度、死んでみましたが −3
     * 死の淵からのルポの凄み 〜②
 ー淡々とした文章だが、内容が内容だけに凄みがあるー
  ● 細やかな喜び ーp48
 いま寝ているベッドは、"オリ"のようだ。 気を緩めて、身体を狭めると、柵の範囲がすかさず
小さくなってくる。 一度、詰められると、迫ってきた柵は、もう動かない。
身体全体が、不自由な位置で止まる。あらゆる方向へ、もう一回、自分の手足を伸ばす必要がある。
右手で左の柵を持って、右半身を持ち上げる。または、その逆。
目の前に、柵が迫る。 柵のなかで、のたうちまわる。 トドみたいだなあ、といつも思う。
思うようになかなか動けないのだが、ベッドの柵を持って、バタンバタン、ドタンドタン。
ほんの少し、右に寄れた。それでも、‘身体’を感じて、ボクは嬉しいのだ、
自分で、自分の身体を、動かせたことを。 だけど、いつもできるわけでもない。≫
  ● 書くことが、生きること ーp222
 自動体位交換機能付きのエア蓄ベッド。それに助けられて、ボクは寝ている。
1時間おきにガーガーと音をさせて、エアーが入る。そして、ボクの身体は右に傾いた緊左に傾いたりする
家族が1〜2時間おきに椅子に座らぜてくれたりもする。自分では動けないからだ。
 こんなに身体が変わってしまったのが、いまでも信じられない。つらかった。けれど、どうだろう?
そうなってしまった身体を嘆いていても、しかたがないじゃないか!
 このつたない文章が、いまのボクにできることなのだ。
どうしても書かなくてはならなかった。ボクには唯一、書くという機能を神さまが残してくれていた。
書くことが生きていてよいと唯一、言ってくれている気がするから、ボクは書き続ける。
脳のほうはさっぱりだけど、書くことができる。
その機会を与えてくれた友人や仕事仲間に、感謝しても感謝しても、足りないくらいだ。
本当に、ありがとう。
 これからもボクはつまらなくても、忘れても、書き続けると思う。
これからもずいぶん、おもしろい人生を送ることができそうだ。
迷惑をかけてしまうかもしれないが、これからが楽しみだ。
書くことが、生きることなのだ。 書いて、書いて、書きまくるぞ。  ー2013年12月 神足裕司
 ▼ 著者は、家族が身近に世話をしてくれているが、介護重度5の老人は生きていること自体が拷問。
 これは、病院の利益、家族の無知のため、拷問のため生かしておくのと同じようなもの。
安楽死も最近になって正面から取り上げられるようになったが、まだまだである。 現在の私は、 
「知ること、書くこと、何気ない日常を味わい楽しむこと」が、生きることになっている。
そうこう考えると、まだまだ日常生活を色濃く、その間の「ぼんやり」時間を大事にすべきだが・・
――――
4554, 横尾忠則の老人論
2013年09月04日(水)
                      「猫背の目線」横尾 忠則 (著)
  横尾の戒老録だからこそ、風がわりで面白い。「猫背の目線」とは「老人のものの見方」という
意味である。 私より10歳年上で3年前の初版で、古希越えの経験が書いてある。 再来年に古希
越えの私に丁度良い老人論。   
    ーアマゾン内容紹介ーより
 ☆ 体の声を無視した結果がストレスを起こす。老年を迎えた猫好きのアーティストは、
嫌なことはせず、好きなことだけをして生きる。少し日常の目線をずらしてみれば、あなたも今日から
できること。最新エッセイ集!
 ☆ 古稀を迎えた猫好きの芸術家は考えた。「忙しいのは他人の時間に振り回されるから」
「病気自慢が体を浄化する」「努力は運命の付録のようなもの」―老年が人生を仕上げる
時期ならば、ひとつ人生を遊んでやろう、遅ればせながら
  隠居を実行しよう。自然に、創造的に生きたい老若男女必読。
 ー アマゾンのレビューの内容がよい! 出版社か、筆者自身?の
書き込みと疑いたくなるほど、である。
《 「今まで芸術と生活を二つに分けて、芸術に集中さえしていれば生活を疎かにしたって

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09月04日(木)
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