ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4889,閑話小題 −人型ロボットの現在と未来 −1
ベルクソンはまず、人間の意識によって時間を考えなおそうとした。普段、我われが考えている時間とは、現在の一点を中心に過去へ
未来へと空間化され、直線のように考えられ、測れるものとされている。現に私も、同じである。アリストテレスもカントも、
伝統的な時間論に従っていた。アリストテレスは「以前と以後に関しての運動の数」、カントは「時間は人間主観に備わった形式」。
ベルクソンは、時間は、本来数えることのできない、はっきりした輪郭を持たず、外在化する傾向も持たず、数との間にいささかの
類縁性ももたない、継起(数えることの出来ない感覚や感情の持続)であると、考えた。彼は、人間の生を純粋に持続するものと
とらえた上で、その純粋持続こそ時間だと考えた。純粋持続は意識に直接与えられる時間、内側から生きられた時間であり、時間は、
音楽のメロディを聞いているようにときのように、空間や世界から切り離されて、徹底的に主観化され、内面化されている、とする。
演劇を観ていて時間を超越している感覚である。 話は少し脇道にそれたが、人生など結局は独りでしかない。偉人とかいうのも、
所詮は、その時代の尺度の評価でしかない。 それも時代時代に評価が変わっていく。
「人間は<よく生きること>ただ、それだけで充分」と思うようになっただけ、歳をとった。
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3042,上杉謙信の家訓
2009年08月03日(月)
NHKの日曜日の大河ドラマは、この数十年来ほぼ見てこなかったが前回のシリーズから転換した。
今年の「天地人」の視聴率も良いと聞くが、上杉謙信の精神が直江兼継を通して我われに伝わってくる。 
それが何かというと、あまり知られてない。数日前もTVで上杉神社などを紹介していた。
そこで検索に「上杉謙信の家訓」といれたら、やはりあった。 米沢の上杉神社に石碑にもなっている。
 【 上杉謙信公家訓16ヶ条 「宝在心」 】
一、心に物なき時は、心広く體泰なり   ー心を見失わせるような物がない時は心が広々として、体がゆたかである
一、心に我儘なき時は、愛敬失わず   ーわがままに振舞うことがない時は、全てを愛し、慈しむことを 忘れないものだ
一、心に慾なき時は、義理を行ふ    ー惜むようなことがない時は、他人への義理や思いやりを 忘れないものだ
一、心に私なき時は、疑ふことなし   ー自分勝手な心がない時は物事に対しても疑うことはない
一、心に驕(おご)りなき時は、人を敬ふ  ー思いあがった心がない時は他人を尊び敬う気持ちになる
一、心に誤(あやま)りなき時は、人を畏(おそ)れず  ーやましい心がない時は他人を恐れることがない
一、心に邪見なき時は、人を育つる           ー心に偏見がない時は人を立派に育てられる
一、心に貪りなき時は、人にへつらうことなし ー心に欲が深くない時は他人におべっかを使いへつらうこともない
一、心に怒りなき時は、言葉和かなり         ー心に怒りがない時は言葉は柔らかく和やかになる
一、心に堪忍ある時は、事を調ふ          ー心に耐え忍ぶ努力がある時は物事は順調にすすむ
一、心に曇りなき時は、心静かなり        ー心が曇りなく晴々とした時は、また心も穏やかである
一、心に勇ある時は、悔やむことなし     ー心に勇気がある時は後悔することはない   
一、心賤(いや)しからざる時は、願い好まず  ー心が卑(いや)しくない時は無理な願いを好まず努力して掴める
一、心に孝行ある時は、忠節厚し     ー心から尽くそう心がける時は真に仕えようとする気持ちが深い
一、心に自慢なき時は、人の善を知り ー心に自惚れ(うぬぼれ)がない時は、他人の優れた素晴らしさを知ることができる
一、心に迷なき時は、人を咎(とが)めず  ー心にしっかりとした信念がある時は他人を責めないものだ
  〜〜〜
 日本人、特に越後県人の生真面目さが、そのまま現われている。
戦国の世だからこそ、これを実行してきた謙信の誠実さが、他国の武人に評価され、それが、信玄に

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08月03日(日)
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