ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4935,コトの本質 ー5
実は「我がうちなる他者たち」との共生の経験なのだと思います。僕自身にも「さもしい私」
「邪悪な私」「卑劣な私」がいる。それらもまた僕の正規の「ペルソナ」の一つであり、
それなしでは僕は僕ではない。自分自身の中にある
さまざまな人格特性を許容できる人間は他者を許容できる。僕はそうだと思います。
世間で言われる道徳訓とは言葉がずいぶん違いますが、僕は自分を許すことのできる
人間だけが他人を許せると考えます。≫
▼ ー「他者との共生能力」をつくるには、他者を構成する複数の人格特性のうちに幾つか
「私と同じもの」を見出して、この他者は私自身と同じであることを認めるべきである。
その共通部分をどうすれば増やせるか、とりあえずは、人格特性を「切り出す」ユニット数を
増やすしかない。ーという。要は、その切り方である。可能な限り、自分を割っていく、割れば
割るほど他者との共有部分が増えていくことになる。人生の経験とは、そんなものである。
・・・・・・・
3828、 もう、あれから半年
2011年09月18日(日)
3月30日から、あと二週間足らずで半年になる。そろそろ30年、いや仕事人生の40年余りの
毒気も抜けてきた。そこで、「何だったのだろうか、これまでの日々は?」と、定石通りの思いが
浮かんでくる。「男なら、条件が揃えば事業を興すのは当然」と信じてきた。 ふと気づくと
9・11、9・15に直撃、その大波が地方経済を直撃。更に情報化の進展も加わり売り上げが激減。
ここまで、経済状況が悪化するとは、実のところ思いもよらなかった。ここまでリアルに売上減に
なると、諦めるしかないと納得する。 で、一歩、娑婆から身をひいた半年後の実感は
「世の中で揉まれているうち、大きな歪みの塊になっていたのでは?」という疑問である。
それが気づくのは、娑婆気から抜けた時。特に家庭の柱としての働き手の男の場合、
その歪みが大きい。その断面を大きな節目になって気づくことになる。誰もが、社会や会社の
柵に捉われたくないが、競争社会では肩肘も張らないと・・ とはいえ、それだけに目がいき過ぎて、
他の大事なことに目がいかなくなり、最終章に近づいて、慌ててしまうのが大半。
半年で、この40年の歪みを改めて振り返っている日々でもある。 もしかしたら、一生、
気づかないで終わる人もいる。それに気づいて悶々とする人もいる。 先日、近じか定年になる
友人に、この話しをしたら、全く同感という。小さな、しかし、かたい勤め先を、こともなく
48年間勤めあげた実直な男が、自分の人生の歪みを認識していたのである。
私なら自分で納得するが・・ でも、その歪みも後悔は全くない。 ここで、「良い人生、悪い
人生でなく、充実していたか、してなかったか?」という言葉で、自己納得するしかない。
状況が状況だったので、苦悶はあるのは仕方がないが、充実感が、何とか支えになっている
というのが正直のところ。 準備、15年も含めた事業人生の45年の終わりは、三連発の
経済・自然大災害の直撃で終わってしまった。そして半年たった現在、静かな心境でいられる
のが、救いである。少なくとも、自分の人生の歪みに後悔はしていない。
この歪みが自分でもあるから。 その歪みに七転八倒しているのがいるが・・・
それも人生。 穏やか過ぎる人生より、遥かにましである。 それも歪みか。
偶然、この内容に滞欧する文章が以下の去年の同月同日に書いてあった
ー 面白いもの。 いや、数年分が関連している。
・・・・・・・・
3463, 9・15より二年
2010年09月18日(土)
リーマンショックから、二年経過し三年目に入った。100年とも、250年に一度の激震と言われる。
アメリカでは、証券大手の殆どが瞬時に消滅、シティーバンクなど幾つかが大手銀行も政府管理会社になり、
ビッグのGM、クライスラーも政府管理の事態になっている。日本のバブル崩壊で、大手銀行が20社から
三社に集約されるまで10年も要したことからみれば、迅速である。日本では今のところ目だった大手では
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09月18日(木)
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