ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4933,コトの本質 −3
* パソコンゲーム
これまでゲーム歴は、ソニーのPSPと、学生時代のパチンコ(数ヶ月に一度位)以外、ほぼない。
ここでiPadを購入したおかげで、さっそくフリー(無料)のゲームを幾つかダウンロードして使いだしたら、
これが面白い。午前中はスケジュールに追われているが、午後は時間がタップリある。 それでも仮眠をしたり
読書やネットで時間をとられるため、夕食後からTVを見ながらゲームに嵌っている。2〜3時間は時間がたつのを
忘れてしまうほど。止めようと思っても、もう一回、もう一回と延々と続けてしまう。これを幼児の頃から
楽しんでいたら、現実で自分をゲームの主人公にした夢の追及とか、目標のため目先の苦労をすることなど避け、
ゲームで達成感などを味わった方が遥かに楽に思えるのだろ。 なるほどバカになるわけだ。
* ど忘れ
数日前に、以前に一度『哲学人』を、この随想日記に書いていたことに後になって気づいたばかり。
ところ再び昨日の朝、三年前の同月同日に、全米NO1の弁護士の著書『議論に絶対負けない法』の感想文がある
のに気づいたしだい。これまでも、せっかく書き上げた後、何か書いていたような気がしブログ内検索で書いて
いたことが判明し、没にしたことは何回もあった。しかし二回もたて続きに気づくとは、やはり少し変か?
やはり年齢のなせること? 書いたと同時に、ハッキリいって内容は一年後に、ここで再読する以外は皆無。
その分、後で読むと面白いが・・・
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3461, 純粋持続 −1
2010年09月16日(木)
ベルクソンの「純粋持続」の考察が面白い。 まずは、ウィキペディアで、「純粋持続」を検索した。
* 粋持続と真の時間
【たとえば、音楽の旋律にゆだねた意識内容は、それを逆向きにしたり、こま切れにしたりすることはできない。
このように概念や言葉から離れて内省に専念すると、そこに意識の直接与件として、ひとつの流れを感じる。
その流れは、計量不可能性、不可逆性、連続性、異種混交性を特徴としており、止めようなき自発、能動によるもの。
これをベルクソンは「純粋持続」と呼んだ。この純粋持続は、空間的に表現できるものではない。というのも、
空間化とは数学的な抽象であり、測定可能、可逆的、均質的、受動的なものとなって、それはもはや流れの連続
ではなく、点の継起となってしまうからだ。したがって古典物理学の(線形的)時間は、真の時間ではない。】
〜〜 以上が、純粋時間の要点だが、
我われのいう時間は、あくまでも決め事でしかない。日常生活でアナログ時計や、手帳やカレンダーなど空間に
時間帯が印刷され、それを見て日程をたて、お互い、そして自分自身、その約束事に従っている。それを真の時間と
勘違いしている。 しかし、人間の意識に流れる時間とは、それとは違うのは誰も直感で知っている。
日常生活の便利さに惑わされて、意識の時間が持つ性質を忘れている。人間が作った約束事の「空間的かさぶた」を
剥がしてみると、そこには本当の時間が姿を現すかのようである。その「本当の時間」を「眠った時間」の状態から
分かりやすく説明するためベルクソンは「純粋持続」と呼んだのである。 豊かさとは、そのような「純粋持続」を
如何に確保できるかにある。たしかに、私が秘・異郷旅行にはまるのは、その時間を濃度深く確保できるからである。
空間移動で、その色濃く感じる空間から感じ取ることが果たしてベルクソンの、それと「純粋持続」と言えるかだが。
人間は定期的季節の変化から、一年という周期を経験的に知り、それを、それぞれ季節3ケ月、さらに三等分して
一月、そして一日、という単位を作っていった。農耕にとって、それが大きく役立った。しかし、それは人間が
作った約束事でしかない。人間の心の時間は、それ以前から現在に至るまであった。
その時間こそ真の時間と看破したのである。 ー つづく
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3086, つれづれにー 閑話小題
2009年09月16日(水)
* 9・11から8年が経った
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09月16日(火)
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