ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■6785,閑話小題 〜つれづれに哲学 =悪魔の代弁者
▼ その時、会社清算をして少し経って気持ちが落ちついてきたと同時に、
『これは、私の人生にとってベストの結果では!』の考えになっていった。
家訓の一つ、『何ごとも万一に備えろ』を前提に、創業の設計図にシェルターを
仕込んでいたこともある。 最後の数ヵ月は如何であれ、20歳で創業を決意して、
準備15年、実業30年、合計45年の人生を振返りみれば、この上なく面白く充実。
こんなことで、否定されるものではない。 そのことを落合が、ずばり
『勝とうが負けようが胴上げはいいもの!』と…  土砂降りの胴上げも?
 私の場合、結果は如何であれ、仕込んであったシェルターで助かったが、
これだけスリルとサスペンスに満ちた45年の人生。溝沼の蚊が飛び交っていても、
蚊よけスプレーをかけておけば何とことはない。としてもシツコク、痒いが…。
 この充実感と、装置産業の利点、時間リッチの御蔭で、幾つかのライフワーク
を満喫できた。最後の最後まで冷や汗の連続だったが、全てをかけた充実感の味
は格別。 小さな物語でも、起業の面白さ、自分を抵当にした博打は、想像を
絶した醍醐味がある。 長嶋、野村、イチロウ、松井の人生、想像を絶する程
に面白味があっただろう。甘じょっぱいというより、激辛の味?喉がカラカラ?
 本人しか分からないが!

・・・・・・
5689,自分のための人生 〜A
2016年10月12日(水)
           『自分のための人生』(ウエイン・W・ダイアー)
  両親の人生訓を要約すると、
『人生を、仕事を、道として楽しみなさい。仕事を楽しんだカスが、資産と余裕。
取組んだ何ごとも、楽しみになるまで追求する』になる。 人生の王道といえば、
「よく学び、よく働き、よく遊べ」がある。他に加えるなら、「よく楽しめ」
を加えたいが、「よく」の中に、楽しみが入っている? 
とすると、「よく休め」が考えられるが。 
   ★ 自分の人生を存分に楽しめ!  〜p−26より
≪ < 生きよ・・ おのれ自身たれ・・ 楽しめ・・ 愛せ! >
 私たちに、いつも決まってついてきて、影のように離れない“お供”がいる。
 それは「自分自身の死」。“この客人を恐れることも、あるいは 自分の
 利益のために利用することもできる。どちらを選ぶかはあなたしだい”と。
“ 死は永遠であり、生は息つく間もないほど短い。そこで自問してみよう。
・「本当にやりたいと思うことをしないでよいのだろうか」
・「自分の人生を他人の望むとおりに送ってよいものだろうか」
・「ものは貯めるに値するほど大切だろうか」
・「やりたいことを先延ばすのが賢明な生き方といえるのだろうか」
 おそらく、その答えはほんの数語にまとめることができよう。
  < 生きよ・・ おのれ自身たれ・・ 楽しめ・・ 愛せ! >
 自分の死を恐れてもかまわないが、それは無益なことだ。
 一方、死を効果的に生きるための助けとすることもできる。
  ロシアの文豪トルストイによって描かれたイワン・イリイチの言葉
  (『イワン・イリイチの死』)に耳を傾けてみよう。
 彼は、ことごとく他人中心に過ごし、体制に適合するために自分の人生を
 自由に生きることを放棄してきた一生に思いをはせながら、万人を平等に
 する死神を待っている。
【 もし私の一生がすべて誤りだったとしたら・・・・」
 以前には到底考えられなかったことが、つまり人生を過ごすべくして
 過ごしてこなかったということが結局のところ真実なのかもしれないと、
 ふと思った。これまで、ほとんど感じとれない程度の衝動は即座に抑え
 つけてきたが、そういう衝動のほうが本物で、それ以外は偽物だった
 のではないか。職責も、生活や家庭の切り盛りも、社会的あるいは職務上
 の関心も、みんな偽物だったのかもしれない。こういうものを一切合財
 しっかり守ろうとした私は、突然自分が守っているもののもろさを感じた。
 守るべきものなど何もなかったのだ。
 自分の人生に積極的に働きかけるべきか、自分自身で選択すべきか

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10月12日(土)
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