ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4989,暴走する世間 −5
このように宇宙を観るのが、「空観」です。 自分が作り出した欲求が「苦」を生むのですから、
煩悩を捨てていき、すべてが幻想であると理解したら、心安らかに生きていける、ということ。
しかし、人が煩悩を完全に捨て去ると、人類が滅亡してしまいます。そこで、もう一度、認識
されることによって現れる世界の「仮」の姿を見るのです。これを「仮観」といいます。
 たとえばコップを見て、「水を飲むもの」と認識したら、それはコップにそういさう「仮の役割」
を持たせたということ。同じコップを「水を注いで花を挿すもの」と認識することもあるでしょう。
このように、世の中のすべてを、役割を持たされた仮の存在と見るのが「仮観」です。
 釈迦がすごいのは、「空観」と「仮観」のどちらも欠いてはいけないとわかっていたことです。
すべてを「空」だと知ったうえで、同時にすべてのものに「仮」の役割を見いだしていくのです。
すると、結局のところ、世の中に何一つ、役割のないものは存在しないということがわかります。
この考え方を「中観」といいます。中観こそ、私たちが最終的に目指すべき境地だといっていい。
◎「一億円持っているから幸せ」とか「1億円の負債があるから不幸」と感じるのは、本当は
いずれも幻想に過ぎないことを知るのが、空観方式です。ただし、どうせ同じ幻想なら、自分の
望むようにゴールを設定し、徹底的に目指すほうが途中の過程を楽しめます。
◎「じゃあ、実際にどんなものか、1億円を稼いでみましょう」と、仮のゴールとして設定するのが
 仮観方式です。注意すべきは、その達成で得られる「幸せ」は、あくまで「仮観」。
幸せの仮の姿と知っておくことです。知っていれば、実際にお金持ちになっても、「もっとお金が
ないとイヤだ!」と思うような不幸は起こりません。要は、煩悩に振り回されないよう、ということ。
◎そこで大事なのが、「止観」という考え方です。煩悩をいったん「止めて、観る」のです。
 といっても、難しいことではありません。 煩悩が暴走してしまうのは、その衝動を意識できて
いないからです。意識さえしていれば、コントロ!ル下に置いて、暴走を防ぐことができます。
意識するには、自分の煩悩を少し脇に置いて、客観的に眺めてみればいいのです。
「止観」によって、自らの欲求を認識することは、抽象度の上がった世界から眺めることに
ほかありません。そこから眺めれば、欲求は自然とコントロールできます。
それを続けることにより、中観の境地に至っていく。》
▼ 「中観に至ると、ありとあらゆる価値観の束縛を超えながら、この世で真に自由に、
 自らの望む役割を果たすことができ、他のあらゆる存在も、それぞれの役割を果たして
いるだけであり、そこに一切の上下関係などないことがわかってくる」 私たちの本来、持って
いた自由と、親とか学校教育で教えられた自由と違うことが、中観に至るとわかってくる。
ところで、武澤ゼミで教わった真髄は、この中観の目線だったのではなかろうか! 
一つ間違えば、私のようになるが?
・・・・・・
4257, しまった!  ー6
2012年11月11日(日)
 * 人は、あまりに楽観的過ぎる!
           ーしまった!「失敗の心理」を科学するージョゼフ・T・ハリナン著
 人は楽観的の方が気楽で生きやすい。しかし、それが人生に失敗をもたらす大きな
危険を呼び起こすとしたら、問題は別。バブル崩壊後の失われた20年は「根本問題から
目を背け、経済成長に戻る」という楽観論に惑わされた結果である。 根本問題は、東西
対立が終わり米国が地政学的に日本に対する特別待遇の必要性が無くなったことと、
アメリカの衰弱、少子化、そして情報化によるグローバル化の結果である。 
その前提が変化しているに関わらず今だ成長路線への修正を目指している。
あまりに楽観的である。間違いなく、10年後には国民の生活レベルは現在の半分以下か、
三分の一になる。著者はここで、大学の色々な実験結果を示し、人間は昔から自分の記憶を
いいように、自己満足するように再構成する性を指摘している。たとえば親は、実際よりも

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11月11日(火)
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