ID:54909
堀井On-Line
by horii86
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■4971,閑話小題 ー飛行機の座席にみる社会構造
雨には意味、そして存在感がある。まるで生身の体と声、そして心があるみたいだ。
雨はまさに、ミクロとマクロといった二つの無限の世界が共鳴し合い、合流する境界に在るのだ。
雨を避けては通れない。それならば、いっそのこと雨を好きになってみては?
○雨がもたらす感動 ○雨が奏でる音楽 ○雨の香りとその感触
○自宅で雨を愉しむ ○雨の日の外出 …ほか
[レビューより]
{ 一言でいえば、雨の愛しみ方について書かれた本。「降り止まない雨はない」という
言い方をされて忌避される雨だが、この本を読んでみると子供の頃の雨への新鮮な感覚を
思い出す。砂利道に降り始めた雨と土の匂い、雨は何処から降ってくるのかを確かめるために
雨天のなか、天を仰いだこと、夕立の清々しさ、長靴で水たまりを選んで歩いた記憶。それは
私にとっては両親、祖父母に愛されて育った記憶へと繋がり、安らかさへと導かれるものだ。
この本は「何の変哲もないものに喜びを見出す」というローホー氏の真髄の一つだろうと思うし、
この本を読んで雨の日を楽しめるようになれば、人生の不自由からまた一つ開放される様に思う。
雨の休日には本棚から取り出して読み返したい本。誰でも人生は自由なのだなと改めて思った。
次回作を心待ちにしている。}
▼ ここで、「雨を好きになり、雨を眺め、雨音に耳を澄ますようになると、不思議と一瞬一瞬を
より深く、存在意識を持ちながら味わえるようになる。」と述べているが、やはり老齢期に、独り、
昔を思い出しながら、深くため息をつく味わいが嬉しい。「雨は私たちの内面の自由への扉を
開き、詩情、また「超越」という概念にも気づかせてくれる。雨は現在に生きることの大切さ、
自然の制御できない性格なども分からせてくれる。そう、自然をより美しく、そして自然を
私たちに合わせるのでなく、私たちが自然に合わせるようにと、
雨は私たちに喚起しているのだ。」の、最後の結びの言葉がよい。 ーつづく
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4229,雑談ネタ、酒の肴ネタ ー4
2012年10月24日(水)
「ルーツ大全」インフォペディア編 より
* 戦国時代の日本にティーバッグがあった!
≪ ティーバッグは、まず紅茶にはじまり、最近では日本茶やウーロン茶など、さまざまな
種類が発売されている。ティーバッグのはじまりは一〇〇年ほど前のニューヨークである。
トマス・サリハンという紅茶の商人が紅茶葉のサンプルを絹の袋に入れておいたところ、
客の一人が誤ってそれにお湯を注いで飲んでしまった。それをヒントにして一杯ずつの小分け
にして売り出されたのだ。一方、日本では、早くも戦国時代のころからティーバッグがあった。
もっとも、中身はお茶ではなく薬だったが仕組みは同じである。戦乱の続く当時、刀や槍で
受けた傷を治療する「金創医」と呼ばれる医者たちが活躍していた。戦場ではのんびり薬を
煎じている暇などない。そこで金創医たちは、細かく刻んだ薬草を配合して布の袋に入れ、
熱湯を注ぐだけで短時間のうちに薬が抽出できるようにしておいた。これは「振り出し薬」
と呼ぼれ、携帯にも便利なので、武士たちも重宝していた。金創医は、平和な時は産科医を
している者が多かった。戦場の傷之お産は、大量の出血を処置するという点で共通していた。
今でも、婦人病の漢方薬に袋に入ったものがよくあるのは、金創医が処方していた名残である。≫
▼ 必要は発明の母というが、人間は必要に応じて知恵が出てくるもの。即席ラーメンが
発売された当初、日清のチキンラーメンがあった。お湯を注ぐだけで三分で手軽に食べる
ことが出来た。しかし、当時ベトナム戦争で、ベトナム兵や、ゲリラのベトコンの携帯食として
おおいに売れたという。彼らは戦場で、それをカジリ食べていた。
学生時代の昼飯として、よく食べていた。
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3864, 嘘みたいな本当の話 −2
2011年10月24日(月)
* さかさまな世界- 「嘘みたいな本当の話ー高橋源一郎・内田源一郎ー選」
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10月24日(金)
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