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堀井On-Line
by horii86
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■4969,生まれたことをどう考えるか
の一言が印象的。「セミナーで、まず言うことは、年金内で暮らすためには食品から始めること。
スーパーに千円だけを持っていき、買い物を一週間続けることを勧めています。それが出来ない
ならカゴを持たないで買い物をしてください。カゴを持たないと沢山、持てないから、どうしも
買わなければならないものから買う。そうすると本当に必要なものがわかってきます。
習慣を変えるに、買い方を変えるしかないです。」 シビアな話だが、体で憶える第一歩。
私は週一回、酒とツマミの買出しをする。大たいカート一杯で4千円前後。これと週二回の
ランチと、週一のシネマと、月1〜2度の飲み会に金を使うが、この持ち出しの金は、家内からの
小遣い。 元はといえば、出処は40年与えてきた給与の一部?それで今や発言権は三分の一。
この二年の身の回りの買物は、ジャケット三枚、ジーンズ二本、電動アシスト自転車、iPad、
7千円のカシオのデジカメ。これだけ買えば十分?こんなもの?その都度、小言をいわれるが、
さほど欲しい物がないのは年齢のせい? 欲しいものは殆ど手に入れてきたため? 財布には
必ず、5万以上は入れている。使わなくても心が豊か?にするため。これで心豊かというから、
安いもの。年金暮らしの貧しい内容になってきたが・・ そこで昨日、車に財布を置いて、千円だけ
持ってスーパーで買物をしたが、気持ちは千円分の視線で、心はプアー。財産を使い切り、
まず楽しみ、貧乏を楽しむのも面白いのかも。他人事でない、自分のことか!それでも心はリッチ?
楽しんだ実感と行蔵があるのは強い。日々、是、好日、いや口実か。年金暮しも、楽むしかない。
・・・・・・
4227,雑談ネタ、酒の肴ネタ ー2
2012年10月22日(月)
* 饅頭は諸葛孔明のトッサの機転から生まれた ー「ルーツ大全」インフォペディア編 より
≪ 饅頭の起源はなんと中国の三国志の時代にまで遡る。蜀の軍師であった諸葛亮孔明は、ある地域で人の頭を
人身御供として捧げ、川の神を鎮めるという風習を目にした。これをみかねた諸葛亮は、機転を利かして、小麦粉の
皮に豚や羊の肉を入れたものを人頭に見立てて神に捧げ、いけにえの代わりとした。これが饅頭のルーツである。
それ以来、饅頭は料理として中国人の食卓にも浸透し、主食の一つとして食べられるようになった。まんじゅうの
「じゅう」の字を「頭」と書くのはここからきている。当初は蛮人の頭の意味から「蛮頭」が用いられたが、
のちに「饅」の字を使うようになり「饅頭」になったといわれている。
諸葛亮が機転を利かせて誕生した饅頭が、日本に伝わったのは一四世紀。1341年に宋から渡来した林浄因
(のちに塩瀬姓を名乗る)が作った「奈良饅頭」が、日本で最初の饅頭とされている。中国の饅頭は中に肉や
野菜を入れるのが普通だったが、浄因は肉食が許されない僧侶のために、小豆を煮詰め、甘葛の甘味を加えた
館を入れた饅頭を考案した。≫
▼ まさか饅頭に、こんな起源が隠されているとは思っていなかった。
* 海軍大将・東郷平八郎の注文で"誕生した肉じゃが ー「ルーツ大全」インフォペディア編 より
≪東郷は、イギリスに七年間留学していたことがあり、日本に帰国してからも、かの地で食したビーフシチュウの
味が忘れられなかった。日本でもあの味を味わいたいと部下に調理を命じたが、明治時代の日本では、ビーフ
シチュウに欠かせないバターやワインがなかなか手に入らない。そこで部下は、砂糖、醤油、ごま油を使い、
牛肉とじゃがいも、玉ねぎを煮込んでみた。こうしてでき上がったのが、今でいう「肉じゃが」だったのだ。
ビーフシチューとは似ても似つかないが、これが意外と美味であった。しかも、当時の海軍の船員たちは
長い航海のうちにビタミンが不足に陥り、脚気や壊血病になる者が多かったが、じゃがいもや玉ねぎはビタミンが
豊富なので、その予防にもなる。当時は肉じゃがではなく、「甘煮」と呼ばれたこの料理は、まず海軍で人気の
献立となった。一般家庭に普及したのはずっとあとで、昭和五〇年代に入ってからのことだった。肉じゃがの
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10月22日(水)
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